みちのく秘境5日間の旅

平成27年11月3日から11月7日にかけて4泊5日でみちのく秘境を旅した。

11月3日(火)

伊丹空港に午前8時30分に集合し、9時30分発の日本航空で仙台空港に10時40分頃到着し、30分ほど遅れで全日空便で来る人を待ち、観光バスで11時50分頃出発し、バス内で大阪から持参のおにぎりを食べ、東北地方を横断し、男鹿半島に向かった。車窓から見える東北の紅葉を楽しみながら午後4時30分頃男鹿半島の先端の入道崎に着いた。そして、この入道崎で幸運にも美しい夕日を眺めることができた。十分に夕日楽しんだ後、19時頃男鹿温泉のホテルに着いた。

冠雪の山が見える(木曾の御岳山?)

諏訪湖上空

阿武隈川河口付近上空

PA前沢での紅葉

低い山にも紅葉で満ちている

なまはげの像

入道崎の灯台

夕日

入道崎の日没の眺め

 

1986年時の入道崎の灯台

 

11月4日(水)

朝8時頃ホテルを出発し、海岸沿いに北上し、JR五能線の秋田白神駅に向かい秋田白神駅から十二湖駅の間、約25分ほど観光のため列車に乗り、海岸美を楽しんだ。この後、バスで十二湖森の物産館まで行った。この間王池、越口の池、中の池、落口の池を車窓から眺めた。それぞれの池は紅葉したものや落葉した木々に囲まれていた。バスの駐車場から鶏頭場の池の側を通りコバルトブルーの湖面が美しいと言われる青池まで500mほど歩いた。青池は小さな池で落ち葉により湖面がほとんど覆われているのと木々により日陰の中にあったため、コバルトブルーの美しい池を眺めることができなかった。更にブナ自然林をぬけ約700mのところにある沸壺の池に行った。沸壺の池は青池とほぼ同じような大きさであり、木々に囲まれ、特に目を見張るようなものではなかった。この後時間の制約もあり、足早に森の物産館まで戻った。この後、車窓から白い土がむき出しになった日本キャニオンを眺めることができた。そして、バスで30分ほど離れた黄金崎にある不老不死温泉に行き昼食を取り、温泉に入る人は入ったが、自分は海岸を散策した。秋の日差しと磯のにおいを嗅ぎながら心地よく散策できた。この後、海岸沿いを20km余り北上し、大戸瀬崎にある千畳敷へ行った。29年前に訪れた時とは海岸の開放感が大きく違っていた。この後、津軽半島の先端の竜飛岬に向かった。竜飛岬は津軽半島の北の端にあり、遠くに北海道を眺めることができた。この後、2時間ほど南下し、南田温泉のホテルに着いたのは午後7時頃であった。

米代川

秋田白神駅

 

 

王池

越口の池

中の池

落口の池

鶏頭場の池

青池

ブナの自然林

沸壺の池

日本キャニオン(白い山肌)

1986年時の日本キャニオン

黄金崎の海岸(左手には竹で囲われた露天風呂)

漁港

 

千畳敷

1986年時の千畳敷

 

岩木山(1625m)

 

竜飛岬灯台と夕日

竜飛岬からの北海道の眺め

11月5日(木)

朝7時30分頃ホテルを出発し、津軽半島から下北半島に移動するためのフェリーの港、蟹田港まで約1時間20分程の道程を北上し、9時発のフェリーに乗って下北半島の脇ノ沢港に10時15分頃到着した。このフェリーも最終の就航なので記念品をくばられた。その後、バスで海岸沿いを東北にむつ市川内まで行き、下北半島の内陸部を北西に行き、西側の佐井港に行った。ここで、観光船に乗り、仏ヶ浦までの海岸を海側から観光した。「仏ヶ浦」とは如来の首、五百羅漢、一ツ仏、親子岩、十三仏観音岩、天竜岩、蓮華岩、地蔵堂、極楽浜 などの名前が付けられた岩々の総称を指す。この観光船は高速船であったので波に大きくぶつかるので、船が大きく揺れた。この後、本州の最北端の大間崎に行った。大間崎からも北海道を望むことができた。この後、3大霊場の一つである恐山に向かった。恐山は10月末で閉山するが、我々観光客に特別な計らいで期間外の午後4時でも入山を許可してくれた。薄暗くなりつつある中霊場を散策した。ところどころから硫化水素ガスが噴出しており、故人を偲ぶ石積やかざ車が霊場の雰囲気を演出していた。恐山は1200年の昔、慈覚大師円仁によって開かれた。火山ガスの噴出する一帯は地獄に、湖の白砂浜は極楽になぞらえられている。1986年にも一度来ているが、この時は雨模様であったので火山ガスの噴出する一帯は尚更不気味に感じた。三沢市の温泉地にあるホテルに午後7時頃に入った。

ホテルから望む朝焼けの岩木山

岩木山

蟹田港

下北半島西南側 

右端脇ノ沢港

むつ市川内、山左から朝比奈岳(874m)、大尽山(828m)、釜臥山(878m)

県道46号

佐井港

仏ヶ浦、        天竜岩             蓮華岩       鳳鳴山     極楽浜           一ッ仏  

仏ヶ浦、   五百羅漢              岩龍岩   屏風岩                    天竜岩         

 

 

佐井港に着いた観光高速船

大間崎と弁天島の灯台

石川啄木の歌碑

恐山山門

 

 

恐山全貌(右の山から剣の山、地蔵山、鶏頭山)

中央慈覚大師堂、右端の石山無間地獄

 

 

 

霊場内から宇曽利湖

1986年8月時の霊場内からの宇曽利湖

霊場内から宇曽利湖側を望む、右端の建物:八角円堂

11月6日(金)

昨夜の宿は星野リゾート青森屋と言うホテルで敷地が非常に大きく、大きな庭園があったので、朝食事後に庭園を散策した。丁度紅葉が真っ盛りで、非常に美しかった。ホテルを8時30分頃出発し、八食センターに寄り、その後11時頃に早い昼食を取り、三陸鉄道リアス線に乗るために久慈駅に行き12時10分発の列車に乗った。そして、普代駅まで行った。景色としては余り見る所はないが、津波の爪痕、復興中の防潮堤や家々を眺めることができた。津波災害の後の家々を見ていると立派な家もあり、簡素な家もあり、この格差ははっきりと見て取れた。普代駅からバスに乗り、陸中海岸の北山崎に行き、リアス式海岸の景観を楽しんだ。この眺めは1979年に来た時と変わっていなかった。この後、1時間15分ほど南下し、景勝地浄土ヶ浜に行った。この間でも多くの仮設住宅を見た。浄土ヶ浜は2011年3月11日に発生した大津波により一部の岩が壊れたとのことであり、1986年に来た時の写真と比較しても変化がはっきりとわかる。またレストハウスの軒下には津波の到達水位が記録されていた。しかし、なお全体の岩の景観として残されていた。この後、ここを出発し、午後7時頃雫石町にある鶯宿温泉のホテルに着いた。

紅葉の美しい朝のホテルの庭園

 

久慈駅到着列車

建て直された家々

防潮堤の工事進行中

 

北山崎の展望台からの眺め

1979年時の北山崎

仮設住宅

 

浄土ヶ浜レストハウス

レストハウスの二階の軒下に津波到達水位のプレートがはめられている。

F5648浄土ヶ浜

浄土ヶ浜にウミネコが飛び交う津波により崩壊した岩もあるとのことであった

1986年時の浄土ヶ浜

 11月7日(土)

ホテルを朝9時頃出発して、中尊寺に向かい10時30分頃着いた。この間に岩手山が見えるのだが、生憎今朝は雲が多かったので姿を見ることはできなかった。しかし、紅葉の時期にあったので、美しい紅葉を見ることができた。中尊寺は天台宗港北大本山で、850年に慈覚大師円仁により開山された。中でも金色堂は1124年に造営された。この後、厳美渓を観光した。紅葉と岩の間を流れる青い水の流れを見ながらの散策であった。ここでも紅葉を満喫できた。仙台空港発の航空機の出発時間が午後7時と遅いため、元の計画にはなかった松島観光が入った。このため29年ぶりに松島を観光することができ、瑞巌寺や紅葉、松、海と島々を眺めて楽しんだ。午後4時頃松島を出発し、仙台空港に向い、7時発の飛行機で伊丹に戻り、無事自宅に帰った。今回は30年ほど前に仏ヶ浦、大間崎以外は行ったことがあったので思い出のよみがえる旅行であったし、紅葉のぎりぎり見ごろの時期であったので、楽しい旅行であった。

鶯宿温泉に流れる川沿い(南川?)

金色堂への途中の紅葉

現代の金色堂覆堂

金色堂覆堂の出口の外側から金色堂の一部を撮ったもの

経蔵

 
 

金色堂内部の仏(写真禁止なのでパンフレットより複写)本尊は阿弥陀如来、脇侍は観音・勢至菩薩、更に六体の地蔵菩薩と持国天、増長天が本尊を取り巻いている。中央の須弥壇には初代清衡公、向かって左の段には二代基衡公、右には三代秀衡公の遺体が収められている。

室町時代中期の金色堂覆堂

下はどうだんつつじ、その上は菊の展示、その上は紅葉

F5767白山神社能楽殿

鐘楼

大日堂

大日堂内の仏

紅葉

本堂

本堂の仏

中尊寺外の奥の細道供養塔

厳美渓(橋から上流を見る)

厳美渓(岩場から上流を見る)

厳美渓(橋少し下流からから下流を見る)

下流に沿っての道の紅葉

厳美渓(下流の橋から下流を見る)

厳美渓(下流の橋から上流を見る)

瑞巌寺への道(本堂は改修中)

境内の岩窟

紅葉

紅葉

紅葉

松島五大堂 

五大堂からの松島

松島の島々

 

 

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