屋久島・南九州3日間の旅

平成22年12月2日から12月4日にかけて2泊3日の屋久島と指宿を巡る旅をした。指宿は過去数回訪れたが、屋久杉で有名な屋久島は初めてである。

12月2日(木)

伊丹空港に7時に集合し、7時55分発のANA航空で鹿児島空港に9時10分頃到着した。参加人数は40名ほどであったので、ほぼ満員のバスで知覧町に向かった。知覧町には300年ほど前の佐多氏の時代に造られた武家屋敷群の街並と太平洋戦争の末期に米軍艦船攻撃のために特攻隊として片道燃料の戦闘機で向かった若者の基地の跡の平和公園がある。武家屋敷の街並は美しい生垣で囲まれており、それぞれの家の大きさはあまり大きいものではないが静かな落ち着いた街並であった。そして、庭は屋敷群の見学として500円出せば自由に見学できる。見学したのは枯山水で有名な庭園の佐多民子庭園、佐多直忠庭園そして池を擁した山水の森重堅庭園を見学した。それぞれの庭園は京都のお寺の庭園のように大きくはなく、こじんまりしたものであったが、上手くまとめられていた。この街並でわらぶき屋根の家は数軒しかないが、ここのわらぶき屋根の家の特徴は二つの屋根の間に小棟をおいてつなぎとした造りの家(知覧型二つ家)であった。平和公園の駐車場のそばにある食堂で昼食をとり、平和公園を散策した。公園の一部には多くの特攻隊の若者を祭った多くの碑が点在しており、小さいが護国神社もあり、特攻平和観音があった。そして、当時の多くの資料を展示している特攻平和会館があったが、私は多くの資料まで見て回るほど心に余裕がなく入館しなかった。終戦の次の年に小学校に入学した私にでも当時の戦争のことは鮮明に記憶しており、特攻隊の碑を見るだけで散って行った若者のことを思うと胸が締め付けらた。この後、大うなぎで有名な九州で一番大きい池田湖の湖畔にある屋久杉の民芸品店に行った。生憎午後から天気が悪くなり、池田湖畔からの眺めは良くなく、開聞岳も雲に隠れていた。次いで、JRの最南端にある駅、西大山駅(北緯31度11分)に行った。この駅は無人駅で駅舎もない。ここからの開聞岳は眺めが良いのであるが、残念ながら、天候不良のため上の方は雲に覆われていた。せっかく綺麗に咲いている菜の花畑が映えなかった。この後、指宿のホテルに向かい、4時頃ホテルに付いた。

室戸岬

知覧の街並

佐多民子邸

佐多民子邸庭園

佐多直忠邸

佐多直忠邸庭園

森重堅邸庭園

高城家住宅」

隼戦闘機模型

知覧町護国神社

特攻隊の歌歌碑

特攻平和観音

平和観音

三角兵舎

三角兵舎内

陸軍四式戦闘機「疾風」(特攻平和会館内展示)

池田湖(雲の隠れる開聞岳)

日本最南端のJR西大山駅から雲に隠れる開聞岳

12月3日(金)

夜中降った雨はやみ、晴天の中、ホテルを8時頃出発し、指宿港に向かった。高速船で8時30分頃出発し、屋久島に向かった。高速船は水中翼船で80km/hの速度がでる。天気は良かったが、風が強く白波の立つ波の荒い海の中大きく揺れながら9時50分頃、屋久島の北東にある宮之浦港に着いた。屋久島の宮之浦からの山の眺めはガスで覆われ悪かった。到着後、島の南東にある鯛の川にある千尋(せんびろ)の滝に向かった。途中車中から竜神の滝が見えた。この滝は千尋の滝より下流にある。11時頃に千尋の滝に着いた。この滝は花崗岩の岩盤の上を流れ落ちており、特に左手の斜めにある岩壁は400m×200mの大きな一枚岩で、圧倒される。滝は展望台から遠くに眺められ、落差は80mあり、水量も多いのですばらしい眺めであった。この後、島の東にある安房まで戻り、昼食後、安房から標高約1000mにあるヤクスギランドに向かった。途中、島唯一の水力発電所を見ることができた。午後1時頃、屋久杉で覆われたヤクスギランドに着いた。ヤクスギランドの散策であるが、散策には30分、50分、80分の4つのコースがあり、我々は30分のコースの散策であった。木々に覆われ暗い木道を散策した。まず、入り口には樹齢3000年の紀元杉があり、江戸時代に伐採されて屋久杉の株の上に杉や他の木が根を張って成長しているもの、株の上に双子のように日本の屋久杉が成長しているもの、2本の屋久杉が途中で合体しているくぐり杉などを見ながら30分コースを散策した。紀元杉は根元を見れば直径は大きく堂々としているが、上の方の枝葉の茂りは悪く、老いたる杉という様相であった。屋久杉は屋久島の標高500mを超える山地に自生する杉。狭義には、この うち樹齢1000年以上のものを指し、樹齢1000年未満のものは「小杉(こすぎ)」と呼ぶ。屋久島の標高2000mに近い山々は奥深いところにあるため島の外周道路からは眺めることは出来なかった。この後、宮之浦港に戻り、高速船に午後3時50分に乗船して、指宿港に向かった。帰りは種子島に立ち寄る便で、午後6時30分頃指宿港に着き、ホテルに戻った。帰りの海は朝より風が強くなり、途中最寄の港に泊まるかもしれないという条件付であったほどで、波が荒く、乗船時間も長時間であったため船酔いの人が多く出たようである。

屋久島宮之浦港と高速船「Toppy2」

霧が晴れ海岸に近い山々

霧が晴れ海岸に近い山々

竜神の滝(千尋滝の下流)

千尋の滝(落差80m、左岩壁は400×200mの花崗岩の一枚岩)

安房からヤクスギランドへの途中の山々を望む

水力発電所を望む

太忠岳(標高1497m)を望む

紀元杉

紀元杉を下から見上げる

切り株更新

 

双子杉

くぐり杉(2本の杉が合体)

清涼橋

太忠岳の天柱石を望む(右の尖った岩)

強風のため白波の立つ海岸

宮之浦港

長崎鼻からの開聞岳(標高924m)

12月4日(土)

快晴の中、8時30分頃ホテルを出発し、長崎鼻の岬に向かった。過去にも訪れている。しかし、岬そのものは変わっていないが、灯台までの道路やその周りは変化していた。また、長崎鼻までの道路沿いの店などは大きく変わっていた。ともかく、今日は快晴で長崎鼻も、磯も美しい。また、長崎鼻からの開聞岳も美しく眺めることが出来た。次いで、屋久杉の工芸品点、薩摩揚げの工場の見学などをしつつ、鹿児島市内に向かった。途中、1昨日には池田湖からの開聞岳は悪天候のため見ることが出来なかったが、今日はバス内から池田湖と開聞岳をはっきりと見ることが出来た。また、海岸沿い道路から桜島がよく見え、噴火も見ることが出来た。ガイドさんの話では今年は800回ほど噴火しているとのことである。12時過ぎに鹿児島市に着き、仙巌園を訪れた。仙巌園は薩摩藩主島津氏の別邸跡と その庭園。別名磯庭園で、敷地面積は約5haあり、 1658年(万治元年)に第19代当主であった島津光久によって造園され、その後も歴代当主による改築が重ねられてきた。桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた壮大な借景庭園である。この庭園からすばらしく美しい桜島が眺められ、噴火も見ることが出来た。この園のレストランで昼食を取り、さらに28代島津斉彬が近代化・工業化のために建設した旧集成館機械工場は尚古集成館本館として島津家に関係する資料館となっており、ここを見学した。その後、鹿児島空港に向かった。そして、空港のそばにあるバレルバレープラハ&GENという焼酎工場を見学した。そして、鹿児島発18時45分発のANA航空で伊丹空港に19時55分に到着し、自宅に帰った。

長崎鼻の灯台

長崎鼻の岬の海岸

玉の井(日本最古の井戸と言われている。バスの中より)

池田湖畔からの開聞岳(バスの中より)

仙巌園

薩摩藩150ポンド砲(復元)

正門

園内

錫門

磯御殿

借景の桜島

借景の桜島

尚古集成館本館(旧集成館機械工場)

西郷隆盛像(バスより)

城山公園(標高107m)から桜島を望む

 

 

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