クラシックホテルを巡る4日間

平成22年5月29日から6月1日にかけて3泊4日のクラシックホテルを巡る旅をした。

5月29日(土)

新幹線新大阪駅に8時50分に集合し、9時13分発のひかりに乗り東京駅に12時10分に到着した。八重洲口から10分ほど離れた駐車場で観光バスに乗り、曇天のもと日光東照宮に向け出発した。午後3時頃日光に到着し、雨の中、まず、8世紀末に勝道上人により開山された日光山の中心寺院として発展し、1653年に三大将軍家光公の霊廟である大猷院が境内に造営されて以来、徳川幕府の尊崇を受けてきた輪王寺の本堂(三仏堂(高さ8.5mの千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音))に参った。そして、大護摩堂を通り、東照宮の参道に出た。日光東照宮は徳川家康公の霊廟として元和3年(1617年)に創建された。現在の主要な社殿は、寛永13年(1636年)、三代将軍徳川家光公により造営が行われたものである。最初に目に付く石の鳥居も高さ9.2m、幅13.2mの堂々としたもので、構造的にも耐震構造がとられているとのことである。ここへは過去2回来ているが、ついで目をやるのがあまり豪華には見えない神厩の欄間の三猿の彫り物である。前面には母猿と子猿、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿、青雲の志を抱いて天を仰ぐ二猿、崖っぷちの猿と励ます猿などの彫り物があるが、さらに側面に恋に悩み、思いにふける猿、結婚した2匹の猿、妊娠した猿の彫り物があることに気がついた。東照宮の建物は中国において高貴と権威を表す黄金、青、朱などに彩られ、数々の彫刻で飾られた豪華絢爛な建物である。この典型が陽明門である。青と白と黄金が彩色され、非常に微細に彫刻された竜、獅子などがこぼれ落ちんばかりに無数に配置されている。また、五重塔は、慶安3年(1650年)に造営されたが、文化12年(1815年)に焼失し、文政元年(1818年)に再建されたものである。この塔は、心柱を第四層目から吊り下げ、その下部は礎石上に乗らず約10cm程遊離させ、塔の重心を常に中心から外れないようにする力学的な構造が採用されるなど、風害や地震の対策が施されている。時間の関係で、すべては回れなかったが、いつ来ても面白い場所ではある。最後に鳴竜で有名な薬師堂に行った。堂の天井には大きな竜の絵が描かれており、今回は竜の下で、それぞれ各自の拍手の響きではなく、係員が拍子木を叩いてこの音の響きを聞かせてくれた。拍子木の澄んだ響きが心地よかった。この後、午後5時頃金谷ホテルに入った。金谷ホテルは1893年創業で最初は外国人向けホテルであった老舗のホテルであり、国内外の著名人が宿泊しており、30分ほどの館内の案内があり、資料室もあった。館内のレストランなどは古く落ち着いた感じの広間で調度品なども古さが感じられた。そして、宿泊の部屋はツインとしては広い部屋で、バス、洗面の部屋もゆったりとした広さであった。

高速道路より荒川を隔てて建設途中のタワーを望む

日光山輪王寺本堂三佛堂

輪王寺大護摩堂(右)、高さ15mの相輪橖

東照宮参道

表門

五重塔

三神庫(右:中神庫、左:上神庫)

三猿のレリーフがある神厩舎

陽明門参道

陽明門

陽明門の彫刻(竜、獅子)

唐門

右:神楽殿、左:祈祷殿

薬師堂(鳴竜)

日光金谷ホテル

ホテルロビー

ホテル宴会場

日光東照宮の眠り猫風のレリーフ

5月30日(日)

昨日と変わりなく天気は悪かった。ホテルを8時30分頃出発し、いろは坂を上り、華厳の滝の見物に向かった。そして、エレベータで、約100mほど下り、展望台より、落差97mの華厳の滝を眺めたが、生憎霧がかかり、滝の流れ出し口は見えなかった。しかし、眼下の新緑は綺麗であった。ついで、いろは坂を下り、富弘美術館に向かった。富弘美術館は星野富弘さんが手の障害のため口で筆を取り絵を描き、詩を書いた作品を展示している。美術館の建物はいくつかのブースに別れた見やすいおしゃれなものであった。そして、障害を抱えてのすばらしい絵と詩には感心はしたが、自分の感性のなさか感動を受けるまでには至らなかった。富弘美術館のそばには利根川水系の支流の渡良瀬川を堰き止めてできた草木湖(ダム)があり、そこからの渓谷に沿って渡良瀬渓谷鉄道が走っている。そこで、神戸(こうど)駅より水沼駅まで約20分ほど渓谷観光を行った。しかし、天気の悪さにより、視界は悪く、新緑の渓谷を満喫できなかった。また、ダムのためか水量も少なく興ざめであった。水沼駅には温泉施設があり、レストランもあった。そして、ここで昼食を取った。この後、旧軽井沢に向かった。そして、万平ホテルに午後4時頃到着した。天気は悪いが、まだ、日暮れまでには時間があったので、ホテルから10分ほど離れた旧軽井沢銀座通りに行った。天気が悪いためか日曜なのに人出が少なく通りは閑散としていた。以前夏に来たときは人でにぎわっていた。そこで、特に買う目的もないので、端から端まで歩いた後、林の中を通りホテルに帰った。万平ホテルの創業は1894年と古く、このホテルにも資料室があり、ジョン・レノンも弾いたというピアノも置かれていた。

雨雲の中に煙る落差97mの華厳の滝

新緑の滝からの渓流

華厳の滝駐車場付近

いろは坂

富弘美術館

富弘美術館から草木湖を望む

わたらせ渓谷鉄道神戸(こうど)駅

わたらせ渓谷鉄道

わたらせ渓谷

わたらせ渓谷鉄道水沼駅

旧軽井沢銀座通り

旧軽井沢銀座通り

旧軽井沢銀座通り

聖パウロカトリック教会

教会内部

旧軽井沢万平ホテル

ホテル資料室

浅間山麓の野菜畑

5月31日(月)

天気も良くなった朝9時にホテルを出発し、河口湖に向かった。天気は良くなったとは言うものの、浅間山はまだ雲の中であった。浅間山を後にして、高速道路を南下した。途中、水で満たされた美しい段々畑、諏訪湖などを眺めながら、昼頃河口湖の畔にあるホテルに着き、昼食を取った。このホテルからは雲がなければ富士山がよく見えるところであるが、やはりほんの麓を残して雲に覆われていた。昼食の後、忍野八海に行った。ここには小さな池ではあるが、富士山からの湧き水による八つの泉の池である。池の水は非常に澄んでおり、鯉などもゆったりと泳いでいたが、ここも、やはり、富士山が背景に見えての忍野八海である。残念なことである。この後、富士屋ホテルに向かい、午後4時頃着いた。富士屋ホテルは1878年創業で、日光金谷ホテルの息子の中の弟がこのホテルを継いだという間柄である。ここも館内案内があり、資料室もあった。

段々畑

諏訪湖

河口湖のホテルから雲に隠れた富士山を望む

忍野八海濁池

湧池

底が深く酒器の銚子に似ている銚子池

富士屋ホテルロビー

ホテル内チャペル

富士屋ホテル

富士屋ホテル

6月1日(火)

快晴の中、午前9時頃ホテルを出発し、箱根ケーブルカーの強羅駅に行き、ケーブルカーで早雲山まで行き、早雲山からロープウエーに乗り、大涌谷まで上り、ここで、遊歩道を散策した。ここからも富士山が見えることを期待したが、快晴にもかかわらず富士山は雲の中であった。しかし、日差しも良く、気持ちよい風の中、イオウの匂いを嗅ぎながら散策した。そして、この後、芦ノ湖まで下り、湖尻から船に乗り、箱根町港に向かった。空の青、湖の青、山の緑の中を気持ちよく、クルーズできた。そして、芦ノ湖畔のホテルで昼食を取り、箱根関所跡杉並木などを観光した。そして、三島駅から15時48分発のひかりで新大阪駅に18時3分に到着し、帰宅した。今回の主目的はクラシックホテルを巡ることではあるが、私の好みからするとホテルよりも景色を重きにおくため、満足度の低いまま終わったように思う。これに反してこの計画を提案した女房は満足であった。この点では好かった。

大涌谷とロープウエイの大涌谷駅

大涌谷駅からの眺め

黒卵をゆでる温泉

芦ノ湖(湖尻を望む)

駒が岳を望む

元箱根港を望む

箱根町港を望む

関所跡施設

施設内

杉並木

 

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