アジア3カ国巡り6日間の旅

平成25年3月2日(土)から3月7日(木)にかけてマレーシアのクアラルンプール、マラッカ、シンガポール、ベトナムのハノイを巡る旅をした。

3月2日(土)

関西空港に午前8時30分に集合し、関西空港発午前10時30分発のベトナム航空で、ベトナムのホーチミンに向かい、ホーチミンに午後2時(日本との時差2時間)頃到着し、ここで、乗り継いで午後3時35分発のベトナム航空でマレーシアのクアラルンプールに午後6時15分(日本との時差1時間)頃到着した。そして、午後7時30分頃ホテルに到着した。ベトナム上空に入ると焼畑からの煙が多くの場所から立ち昇っていた。

*以下のすべての写真は画像のクリックにより拡大写真になります。

ベトナム南部東岸上空

ベトナム南東部に煙

焼畑からの煙

クアラルンプールのホテルからのペトロナスツインタワーの夜景

3月3日(日)

昼間は大阪の夏の気温だが朝は数度は低いようで、少しはましな気温の中、8時30分頃クアラルンプール市内観光に出た。まず最初に1998年に完成した452m、98階建のペトロナスツインタワーの全貌が良く見える場所に案内され写真を撮った。青空に美しいツインタワーが聳えていた。クアラルンプールはマレーシアの首都で、160万人都市である。マレーシアは資源豊富なためほとんど税金もなく公立学校はほとんど無料で、自動車も多く、途上国としては豊かな国のようで、高層ビルも多く見られた。次に王宮に向かった。王宮はマレーシア13州のうちスルタンのいる9州から5年毎に選挙で選ばれた国王の公邸である。美しい外観をした王宮であった。門には騎馬兵と衛兵がいた。この後、国家記念碑を訪れた。国家記念碑はマレーシア独立戦争で命を失った兵士を称えて1966年に建てられたもので、記念碑の後ろには1966年に造られた7人の兵士のブロンズ像がある。次いで、マレーシアはほとんどがイスラム教徒であるためか国立モスクがあり、この国立モスクを訪れた。この国立モスクは1965年に建てられ、従来からあるモスクの様式とは異なった近代建築様式の星形ドームと73mの尖塔からなっている。8000人収容可能な大きなドームである。ここを見物するには半そでや半ズボンの女性は長い着物を借り、頭はネッカチーフのようなもので頭を隠さねばならなかった。次いで、ムルデカ広場を訪れた。ムルデカ広場はイギリスの植民地時代にイギリス人のクリケット競技場として使われていたところで芝生の緑に覆われていた。これを取り囲む建物には英国チューダ調の建物があった。貴金属店や民芸店に寄り、昼食後郊外北へ13kmのところにあるバツー洞窟に向かった。バツー洞窟はマレーシア随一のヒンズー教の聖地で約100年以上前に作られたと言われている大規模な洞窟寺院である。バツー洞窟入口までは272段の急な階段があり、階段登り入口には大きな黄金色の聖者スブラマニアン像が立っている。洞窟は2つの大きなドーム状の洞窟からなっており、入口の洞窟のドームの最も高いところは30mほどあり天井近くには穴が開いており光が漏れていた。2番目の洞窟はドームの天井が完全に開いているような状態であった。洞窟内では数百に及ぶヒンズーの神々を祀っているとはいうものの暗い広い洞窟内に分散しているためかあまり神々の祀る寺院には思えなかった。匂いも洞窟内全体にトイレのにおいに近い不愉快なものであった。この後ホテルに4時30分頃戻った。

ホテルからの眺め

ペトロナスツインタワー

王宮門

王宮

騎馬兵

衛兵

国家記念碑

戦争記念像

国立モスク

洗浄場

モスク内部

 

 

ムルデカ広場

広場を囲む建造物

民芸品店内に展示されているクアラルンプール市内の模型

タワー

バツー洞窟のある山を望む

バツー洞窟

洞窟入り口

入り口より洞内を見る2窟に別れている

第1窟の天井部分

第1窟内より入り口を見る

第1窟より第2窟を見る

第2窟の天井

第2窟より入り口

第2窟内の神

洞窟入り口より階段下を眺める

市内の高層ビル群

民芸品店での染色

民芸品店での染色

3月4日(月)

朝8時15分頃ホテルを出発し、マラッカに向かった。マラッカはクアラルンプールから150kmほど南にある。マラッカまで4時間ほどかかった。この間の道路沿いには油やし(この果実から得られる油がパーム油である)やゴムの木の林などで覆われ非常に単調な景色であった。1400年頃繁栄したマラッカ王国は400年以上の間にポルトガル、オランダ、イギリスとヨーロッパの列強国に支配され、独特の文化を形成した。今のマラッカは45万人の都市である。マラッカ川の河口近くに到着し、まず、ババニョニャ博物館に行った。ババニョニャとはマレーシアに数百年前に移り住んできた華人の男性と地元のマレー系女性との夫婦のことで、この博物館はおよそ100年ほど前に裕福な夫婦が中国やヨーロッパから集めた家具をそろえた私邸のプライベートミュージアムである。私邸としては非常にすばらしいとは思ったが、博物館とまでは思えるほどのものではなかった。この博物館がある通りは昔のヨーロッパ風の窓のある家並みが続いていた。この後オランダ広場を訪れた。このオランダ広場は噴水を中心とした小さな広場で、この周りには赤レンガ風の赤い塗装のムラカ・キリスト教会、オランダ統治時代に役所として使われていたスタダイス(現在は歴史博物館や民族博物館が併設されている)がある。次いで、少し階段を登り小高い岡にあるセントポール教会跡に行った。ここは1521年にポルトガル人により建てられた教会跡で、ここから日本にキリスト教を広めたフランシスコ・ザビエルが日本に旅立ったそうである。この場所からはマラッカ海峡が見渡せた。眺めは特別なものではなかった。この岡から下ったところにサンチャゴ砦跡があった。この砦はポルトガルの要塞で、1511年にポルトガルがマラッカ占領の際に建てられたもので、1807年にイギリス軍によって破壊され門のみが残っている。この後、昼食を取り、200km以上離れ、シンガポールとの国境の都市ジョホールバルに向かった。そして、ジョホールバルのホテルには午後6時過ぎに着いた。

マラッカへの途中、油やし畑

マラッカへの途中、ゴム畑

マラッカ川河口方向

マラッカ川上流方向

ババニョニャ博物館に至る街並

ババニョニャ博物館

博物館内部

ババニョニャ博物館近辺の街並

オランダ広場

ムラカ・キリスト教会

教会内部

セントポール教会とザビエル像

教会からマラッカ海峡を望む

セントポール教会跡

教会内部

サンチャゴ砦

ホテルからのジョホールバルの夜景

 

 

3月5日(火)

7時15分頃にホテルを出発してジョホール水道を越えてのシンガポール入国に向かった。毎日15万人くらいがジョホールバルからシンガポールに働くために入国している。先ずはマレーシア出国手続きを行い、ジョホール水道を渡ったところで入国手続きを行った。マレーシアの観光での現地添乗員はジョホールバルのホテルまで付き添ってきたが、マレーシア出国シンガポール入国まではそれ専用の添乗員とバスが付き、入国するとシンガポールの添乗員とバスが用意された。入国書類はジョホールバルのホテルで配られ書いておいた。出入国時に非常に多くのバスやトラックやバイクで混雑して、1時間30分ほど時間がかり、ようやくシンガポールに入国した。シンガポールの国名のもととなったのは、サンスクリット語の「シンガプーラ」。この名前は、はるか昔に活躍した、ひとりの王子さまの冒険譚に由来している。まず、誰でもが行く名所のマーライオン公園に行った。マーライオンは伝説の動物で、「白いたてがみにをもった獅子に似た動物」と海を象徴するマーメイドをあわせたものである。このマーライオンはデンマークの人魚姫、ベルギーの小便小僧とで昔から世界三大がっかりの観光地として有名であるが、今回見たマーライオンは思ったほど悪いものではなかった。高さも8.6メートルあり、噴出している水の量も多く、周りの風景と上手くなじんでいたように思う。この後、2010年に建てられ、200mの高さで、3棟のビルが屋上で結び付けられたホテル及びカジノまである複合レジャー施設のマリーナ・ベイ・サンズに行き、屋上から風景を眺めた。すばらしい景観であった。沖には多くの大型船も停泊しており、貿易の多さが窺えた。昼食後、いくつかの店でショッピングタイムを取り、16時15分発のベトナム航空で出発し、ベトナムのハノイ(日本との時差2時間)に18時20分頃着き、夕食後午後8時頃ハノイをバスで出発し160kmほど離れたハロンに向かった。道路事情も悪く、ホテルに到着したのが午前0時30分頃であった。

ジョホールバル側のジョホール水道

シンガポール高層ビル

マーライオンとマリーナベイサンズ

マーライオン

マーライオンパークとマリーナベイサンズ

マリーナベイサンズ

マーライオン

マリーナベイサンズから南方向を望む

マリーナベイサンズから東南方向を望む

マリーナベイサンズから北東を望む

マリーナ・ベイ・サンズの有名な屋上プール、マリーナベイサンズの西側

マリーナベイサンズ

 

高層ビル

港湾施設

3月6日(水)、7日(木)

爽快な朝の中8時30分頃ホテルを出発し、ハロン湾に向かった。ホテルからも遠くに多くの島々をぼんやりと望むことが出来た。ハロン湾の乗船場には9時前に着き、40人ほどの乗客が乗ることが出来る木造船で9時頃出航し、3時間の乗船であった。この間昼食は船内で取った。ハロン湾でのクルーズは気温も暖かく波も穏やかなこともあり、海の桂林と言われる1950にも上る多くの島々をゆっくりと眺めることができ、景観を堪能できた。私の経験上からすると桂林より面白かった。ハロン湾観光後再びハノイへ4時間かけて戻り、ハノイ市内観光をおこなった。市内観光といってもバスから降りたのはホーチミン廟だけで、他は車窓からの観光であった。ホーチミン廟では丁度午後5時の衛兵交代があり、交代の光景を見ることが出来た。世界遺産のタンロン遺跡、ホアンキエム湖、国防総省、オペラハウスなどの車窓観光をした。やはり、道路はバイクが目立っていた。夕食後、市内にある伝統芸能の水上人形劇を観劇した。人形を1.5mくらいの細い棒に取り付け幕の奥から演者が水に浸かりながら人形を操る人形劇であった。村の踊りなどを1時間ほど演じていた。午後9時頃ハノイの空港に向かい、0時20分発の航空機で出発し、関西空港に午前6時40分頃到着し、帰宅した。今回の旅行ではマレーシアの国を垣間見ることができ、シンガポールの都会の面白さ、ベトナムのハロン湾の自然の面白さを味わうことが出来た。この旅行で感じたのは鉱山資源の多い国マレーシアの裕福さシンガポールの裕福さとベトナムの後進性の差であった。

ホテルからハロン湾を望む

ハロン湾の模型(1950ほどの島)

観光船の港、左端の船に乗船

ハロン湾の島々

 

 

 

真ん中の岩は香炉岩

水上生活

 

左端の岩は闘鶏岩

闘鶏岩

 

 

 

水上生活

 

 

 

乗船場に戻る

稲田

畑作

畑作

刺繍の作業場

大理石彫刻

田植え中(ベトナムでは2期作、3期作がおこなわれている)

オペラハウス

ホアンキエム湖

ホーチミン廟

午後5時の衛兵交代

市内のバイク

 

 

 

 

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