北欧紀行    

蒸し暑さの続く梅雨の時期に海外旅行に適したところとして今回は北欧旅行を計画し、平成20年6月26日から7月3日まで北欧に出かけることにした。

6月26日(木)関西空港をフィンランド航空で1時間半遅れの15時30分に出発し、中継地のフィンランドのヘルシンキに向かい、30分遅れの16時40分(サマータイムにより時差6時間)に到着した。この後、30分遅れで、ヘルシンキを19時40分に出発し、20時10分頃(時差7時間)にノールウエーのオスロに到着し、まだ、日が沈まない明るい中、午後10時頃オスロの郊外にあるホテルに到着した。関空からヘルシンキに向かう途中、航路としては大阪から佐渡が島上空を通り、ウラジオストックを通りシベリアを通るコースで、日本上空は雲に覆われ、ロシアは緑に覆われていたが、航路の最北端のロシアのヤマル半島近辺に来ると陸上には残雪があり、海側は流氷で埋められており、さすがロシア北端の寒冷さが表れていた。また、フィンランドに近づくと湿地や湖(またはフィヨルド湖)があちこちに点在していた。さらに、ヘルシンキからオスロに向かう飛行機からも多くの湿地や湖が多く点在していた。ノールウエーは王国で、領土の面積は日本の面積よりほんの少し大きい程度であるが、人口は468万人と大阪府の人口の半分程度で、非常に人口の少ない国である。そして、経済的には石油産出国のため豊かな国である。首都オスロの人口が55万人と首都としては小さく、高層ビルも少なく全体として綺麗な街である。

*以下のすべての写真は画像のクリックにより拡大写真になります。

ヤマル半島付近の流氷

ヘルシンキからオスロへ、フィンランド上空

6月27日(金)今回の大阪出発前日でのインターネットによる現地での気温は最高で20度、最低で10度前後であった。実際朝ホテルの外に出てみると長袖シャツでは少し肌寒い感じがしたので上着を羽織ったが、昼間は上着なしで過ごせた。8時半頃ホテルを出発し、二泊三日のフィヨルドツアーに出かけた。まず、240kmほど離れたヤイロに向かった。この間、ティリフィヨルド湖に沿い、そして、40kmもの細長いクローデレン湖、ハリンダール渓谷を通りヤイロに至る。途中には湖以外には麦畑、野菜畑、果樹園、牛や羊の放牧、牧草地そして、白樺の林、針葉樹林が眺められた。湖の湖面は風も少ないためか鏡のように景色を映し出していた。ヤイロで昼食を取り、さらに75km離れたフォッスリに向かった。

ティリフィヨルド湖  

クローデレン湖

麦畑、牧草

野菜畑 

白樺林

残雪遠望

ヤイロから間もなくするとオスロから道路と並行していたベルゲン鉄道と別れ、海抜985mのウステ湖を左に見て進む。この辺りから上は森林限界になり、ハルダンゲルヴィッタ台地となり、はい松やコケ類が多くなり、小さな池が点在し、さらに多くの残雪があり、1500m前後の背景の山々にも多くの残雪があり、氷河らしきものも見受けられた。そして、海抜が低いわりには夏としては珍しい風景を楽しみながら、海抜1250mの最高地点を通過して行く。あいにくこの辺りに来て、雨が降り出し、見通しも悪い時もあったが、間もなく雨は上がり始めた。そして、下りの途中には高さ81m、提長1157mのロックフィルダムのシーセンダム(日本では御母衣ダム)を見ることが出来、フォッスリに着いた。フォッスリでは、落差182mのヴォーリングの滝を観光した。この滝は確かに落差が大きいが、三段くらいに分かれているため、展望台からすべてを眺めることは難しかった。むしろ、高さは2/3くらいのものだがヴォーリングの滝の対面にある滝の方が水量もあり、全貌が見渡すことが出来面白かった。その後、雪解け水により渓谷に山の上から流れ落ちる幾筋もの滝が流れ落ちるモーボダーレン渓谷のヘアピンカーブを下り、40kmほど離れたブリムネスに着いた。ブリムネスからハダンゲルフィヨルドの枝葉のアイフィヨルドを横断するフェリーに乗り、フィヨルドの景色を楽しみながら対岸に渡った。そのままのバスで外洋方向に60kmほど離れたハダンゲルフィヨルド沿いのオイステセのホテルに向かい6時半ごろ到着した。時々、屋根が瓦の代わりに芝生のような草で覆われている家屋が見られた。ハダンゲルフィヨルドはソグネフィヨルドに次いで2番目に大きいフィヨルドで、全長179kmのフィヨルドである。海の水が満々と179km先まで来ていることにはちょっとした驚きである。

ハルダンゲルビッタ台地

ハルダンゲルビッタ台地

シーセンダム

草屋根

ヴォーリングの滝

ヴォーリングの滝の対面の滝

ハダンゲルフィヨルドを横断

ホテルから眺めるハダンゲルフィヨルド

6月28日(土)快晴ですがすがしい朝を迎え、7時半ごろ出発した。まず、75kmほど離れたベルゲン鉄道(ベルゲンーオスロ間)のヴォス駅に向かった。そして、ヴォス駅から40kmほどオスロ方向に離れたミュールダール駅まで、列車に乗った。ミュールダール駅は標高866mのところにあるためボス駅からは渓谷や残雪の山を眺めながら登山列車のように登って行った。そして、ミュールダール駅でフロム鉄道に乗換え、今度は15kmほど離れたソグネフィヨルドの枝葉のオーランズフィヨルドにあるフロム駅に向かって下って行った。途中、落差94mのショス滝のある駅で10分ほど列車が停車して滝の写真を撮った。この間、音楽とともに人が滝の近くで出没し、踊りなどのショーがあった。滝の水量は非常に多く迫力があった。鉄道の電力にも使われているとのことである。急速に高度を下げ、フロム駅に着いた。

フィヨルドツアー地図

バンクスバトネット湖(ボス駅の前の湖)

ベルゲン鉄道(ボス駅)

渓谷

羊の放牧 

ミュールダール駅でのフロム鉄道への乗換

ショス滝 

急速に高度を下げるフロム鉄道 

 

 

フロム駅、真正面に豪華客船

フロムの波止場、豪華客船を後にソグネフィヨルドの枝葉のクルーズ

昼食をフロムで取り、午後3時10分に全長205km、最深部1308mの世界最長・最深のソグネフィヨルドの枝葉のオウランズフィヨルドのフロムから世界遺産になっているネーロイフィヨルド(全長17km、一番狭いところの幅250mの世界一狭いフィヨルド)のグドヴァンゲンまでの約30kmを2時間かけてクルーズした。フロムの港には外洋から150kmの航海をして来た豪華客船が1隻停泊していた。このフィヨルドクルーズでは狭い切り立ったフィヨルドで、残雪の雪解け水が直接岩を流れ落ちるため多くの滝が見られた。このような奥深いところまでかもめが来て、船にまとわりついているのが不思議に思え、かもめがいなければ、この下の水が海の水ではなく川の水と錯覚を覚えてしまうほどである。グドヴァンゲンからはバスでフロムを通り、2000年に出来た全長24.5km世界最長の道路トンネル、ラルダールトンネルを通り、ホテルのあるソグネフィヨルドの枝葉の先端にあるラルダールに午後6時頃着いた。ラルダールの民家は昔から木造で、現在も同じような木造民家であり、昔からの家並みが保存されている静かな瀟洒な家並みとのことで、食後、この街を散策した。小さな町のため散策すには程よい距離であった。フィヨルドクルーズはニュージランドのミルフォードサウンドで経験しており、ここの場合は全長が短く、30分ほどで外洋に出るので、フィヨルドの実感が掴み易いが、ソグネフィヨルドのようにあまりにも深く入り組んでいるとかえってフィヨルドの実感が捉え難かった。

フィヨルドクルーズ1

フィヨルドクルーズ2

フィヨルドクルーズ3

フィヨルドクルーズ4

フィヨルドクルーズ5

フィヨルドクルーズ6

フィヨルドクルーズ7

フィヨルドクルーズ8

グドヴァンゲン(クルーズの終点)

ラルダールの家並み

ラルダールの家並みの一部

ボルグンのスターブ教会

6月29日(日)すがすがしい空気の中、7時半頃333km離れたオスロに向けて出発した。10kmほどのところのボルグンにスターブ教会があった。スターブとは柱という意味で、礎石の上に柱を立て、それに板壁を張りつけるというノルウェー独特の建築様式である。船を思わせるどっしりとした外観、柱や壁を飾る組紐紋様と、ヴァイキング時代の信仰と後に入ってきたキリスト教との混淆を物語る独特の様式が認められ、世界遺産に登録されたとのことである。木造ゆえに風雨にさらされ、数多くあったスターブ教会も現存するものは少ないそうである。この建物は復元されたものである。帰路は往路とは少し異なった道を通ったので帰路での最高標高は700mであり、往路の場合に比べれば高原の残雪は少なかった。オスロには昼ごろ到着し、昼食後、市内観光をした。まずはムンクの作品を多く所蔵している国立美術館に行った。ここは、撮影禁止のためムンクの作品を撮影することは出来なかった。このときのガイドの話は時間もなかったこともあり、ムンクの説明にすべての時間が費やされたため、他の作品を見ることが出来なかったので物足りなかった。次いで、バスの中から眺めるだけであったが、ハラルド国王の居城である王宮、1950年に建てられた市庁舎などのそばを通り過ぎた。そして、フログネル公園を散策した。この公園には彫刻家グスタフ・ヴィーゲランの200もの彫刻作品が点在しており、これらのすべてが「人間の一生」をテーマにしており造形的にも面白いものであったが、じっくりと眺めることが出なかったので残念であった。

標高700mの高原での貯水ダム

オスロのコンテナ積み出し港

フログネル公園1(モニュメントが人体の彫刻の集合体)

フログネル公園2(門の扉)

フログネル公園3

市庁舎

国会議事堂    

オスロ大学

その後、ノールウエーのオスロとデンマークのコペンハーゲン(509km)を結ぶ航路であるDFDSシーウエイズの「M.s.CROWN OF SCANDINAVIA」に午後4時半ころ乗船した。この船は全長170m、幅28mと大きく、船客は1940人、船室数637、自動車450台収容可能なフェリーである。船の中の娯楽設備も多くあったが、船で少しでも十分に睡眠が取れるようにと考え、食事後すぐに船室に入った。船室は2段ベッドが2列ある部屋に2人であったために下段ベッドのツインで寝ることが出来、部屋はトイレと狭いシャワー付であった。私も日本では長距離フェリーに幾度も乗船した。どのフェリーの場合にも睡眠を妨げるのは波による大きな揺れも要因の一つにはなるが、私にとって一番の要因はディーゼル機関の小刻みな振動が身体全体を揺することである。今回もディーゼル機関による振動で睡眠が妨害されることを覚悟し、睡眠薬を飲む覚悟でいた。ところが、出航して、ディーゼル機関が全開になっても部屋のベッドに横たわっていて全然振動が感じられなかった。今まで、豪華客船に乗船の経験がなく、日本の雑な長距離フェリーにしか乗船経験がない私にとってはじめての経験であった。おかげで薬の助けを借りずに十分睡眠をとることが出来た。

CROWN OF SCANDINAVIA

船からの眺め(左の白い建物、オペラハウス)

白い建物の上に黄色い建物、王宮

右端のレンガ色の建物、市庁舎

クロンボー城遠望

クロンボー城(拡大すると城の右端の城壁の上に大砲が見える)

6月30日(月)十分に睡眠をとることが出来、快適な朝を迎えることが出来、午前5時頃目を覚ましたが、生憎雨が船室の窓をたたいていた。少し、天気に不安を感じていたが、コペンハーゲンに近づくに従い、晴れ間が見え始め、天気が良くなって行った。コペンハーゲンの関所的な岬にクロンボー城を眺めることが出来た。このクロンボー城は16世紀にデンマーク国王フリゼリク2世により造られたもので、シェークスピアの戯曲「ハムレット」の舞台「エルシノア城」としても知られている。船からだけの眺めではあるが、威厳のある落ち着いた綺麗な城である。デンマーク王国は北欧の他の国の1/10ほどの小さい国であるが人口は540万人とフィンランドと同じくらいで、この国の首都はコペンハーゲンで人口は50万人ほどで小さな都市である。船は定刻どおり9時半頃港に着いた。朝食は船内で済ませているため、下船後すぐにバスで市内観光に出かけた。まず、街のシンボルでアンデルセンの「人魚姫」をイメージした像を見物した。この人魚姫の像は海岸の波打ち際の岩の上にある。対岸には風力発電の風車が多く見えた。この人魚姫は世界でつまらない三大シンボル(コペンハーゲンの人魚姫像、シンガポールのマーライオン、ライン川のローレライの岩)の一つであるが、港の背景も含めた場合はそこそこのものに感じられた。また近くのラングリニエ遊歩道にある北欧神話の4頭立ての牛の戦車に乗った女神ゲフィオンの噴水があった。青空の下の噴水は綺麗であった。対岸にはマグレーテ2世女王の美しい専用船が係留されていた。また、最近建てられたオペラハウスも望むことが出来た。次いで、1760年に建てられたアマリエンボー宮殿を観光した。1794年以来王室の居城として使われており、現在のマルグレーテ2世女王は11月ー4月の間住まわれている。宮殿は外観のみの観光である。宮殿は広場を中心に同じ大きさで同じ形状の4つの建物から成っており、女王の建物と王女の建物とは対面している。女王が不在の時にはその建物の上の旗が降ろされており、衛兵もいなかった。当日は女王は不在で、王女は在宅であり、門には衛兵がいた。内部は豪華な内装の部屋があるとは思うが、外観を見る限りでは感心するほどすばらしい建物には見えなかった。

人魚姫の像

女王の専用船    

オペラハウス  

ゲフィオンの噴水  

城壁

アマリエンボー宮殿

マグレーテ2世女王の宮殿

王女の宮殿

王女宮殿の衛兵 

運河、錨のモニュメント

マンション

デンマーク側の海上の風力発電

昼の12時過ぎにランチボックスを持って、コペンハーゲンからスウェーデンのストックホルムまで列車で行くことになっている。12時30分発17時30分着の予定であったが、発車直後に制御系統の故障で、急停車し、一旦コペンハーゲン駅に戻り、応急修理をして、1時間後ようやく発車したが、デンマークからオアスン海峡橋を渡りきったスウェーデンのマルメ駅で、この列車は運行中止になり、他の列車に乗り換える事になった。このため、17時45分発ストックホルム21時45着の列車まで、マルメ駅で待機することになった。外国の駅は改札口はないので、3時間ほどマルメ駅周辺を各自散策した。そして、美しい教会や広場などを観光することが出来た。そして、ストックホルムのホテルに着いたのは10時半ごろになった。夕食を済ませると夜の12時前であった。外国ではこのような大きな遅延でもどこにも文句は言えないようだ。スウェーデン王国は国土としてはノールウエーより2割ほど大きく、人口は920万人ほどで、この国の首都はストックホルムで他の首都よりも人口は80万人と多い。

Sankt Petri Kyrka(聖ペトリ教会)マルメ市

教会内部(祭壇)

教会内部(後部のパイプオルガン)

広場の像

ストックホルム市庁舎(ノーベル賞式場)

ホール

7月1日(火)今朝も良い天気にめぐまれ、9時にストックホルム観光に出発した。まず、ノーベル賞の晩餐会場として有名な市庁舎に向かった。市庁舎はメラーレン湖畔にあり、赤レンガで壁面が仕上げられ、落ち着いた綺麗な建物である。内部には多くの豪華なホールがあった。議場も落ち着いた雰囲気に作られていた。次いで、旧市街ガムラスタンを散策した。広場から見た家はヨーロッパらしい綺麗な家並みが望めた。そして、さらにルネッサンス様式の王宮を観光した。16世紀から王室の居城として使用されてきたが、現在は一部一般開放されて、晩餐会などにも使われている。王宮広場を囲むようにして建物が建てられている。内部の観光はなかったので外観のみだが、特に目を見張るものはなかった。

黄金の間

晩餐会ホール 

議場

ノーベルの像がある

メラーレン湖と市街

セルゲル広場

旧市街街並み

カール16世グスタフ国王王宮正面 

王宮広場

王宮広場  

午後にはオプションツアーとしてドロットニングホルム宮殿を観光した。メーラレン湖畔にあり、美しい姿を映している宮殿で、「北欧のベルサイユ」と呼ばれており、1756年までに増改築が繰り返され現在では三階建てで、220室ある宮殿である。そして、1982年以来、現国王の居城となっているが一部公開されているので、観光した。内部は一切撮影禁止であったが、美しさを誇り、北欧のベルサイユというなら撮影禁止にする理由もないと勝手に理屈を付け、一枚だけ内部を撮った。実際、内部は美しく豪華な部屋もあったが、あまり質の高いものでない騙し絵として大理石の柱に見せたり、壁に扉があるように見せていた所もあった。宮殿広場はヨーロッパの宮殿らしく、綺麗に刈り取りされた樹木の配列は美しかったが、規模はそれほど大きくは思えなかった。

ドロットニングホルム宮殿

宮殿内部

宮殿庭園

宮殿庭園から宮殿を望む

テンベリアウキオ教会  

教会内部 

7月2日(水)今朝も良い天気にめぐまれ、朝8時にホテルを出て、ストックホルムの空港に向かい、10時30分発の飛行機でフィンランドのヘルシンキに向かい、12時25分に到着した。ヘルシンキはストックホルムより時差1時間早い。フィンランド共和国はほぼノールウエーと同じで、人口は530万人、そして、首都はヘルシンキで、人口は57万人と小さい都市である。まず、テンベリアウキオ教会を観光した。この教会は1969年に岩の中央を掘り建てられており、天井はドーム状で、天井と壁の間はガラス張りのため、内部が明るい礼拝堂になっている。祭壇は非常にシンプルなものになっている。非常に斬新な印象を受けた。北欧はプロテスタントのルーテル派の教会が主のようである。次いで、シベリウス公園を観光した。この公園は海岸にあり、シベリウスの記念公園でステンレス製のシベリウスの顔のレリーフとパイプオルガンのようなパイプのモニュメントが大きく目を引き付けているが、他は何の変哲もないただの静かな公園に過ぎないものであった。そして、ついで、1952年のオリンピックヘルシンキ大会のメインスタジアムを観光した。72mの塔が目に付いた。続いて、ヘルシンキのシンボル、ルーテル派の教会の大聖堂を観光した。元老院広場の正面に緑のドームと白壁の美しい大聖堂で、内部もシンプルな祭壇とパイプオルガン以外は白のドーム、白壁からなりそれがかえって優雅に思えた。この後、歩いて海岸まで行き、海岸のマーケット広場(カウッパトリ)を見物した。バルト海で取れる魚介類や野菜、果物、アクセサリーなどが売られていた。海岸からは赤レンガのビザンチン・スラブ式ギリシャ正教会、ウスペンスキー寺院が遠望できた。広場には人魚をイメージした今年で設置100年になるハービス・アマンダ(バルト海の乙女)の像があった。

正面祭壇

シベリウス公園のシベリウス像 

オリンピックメインスタジアム

競技場 

 

大聖堂

祭壇 

パイプオルガン

アレキサンダー2世像

ハーヴィス・アマンダ(バルト海の乙女)の像

マーケット広場

ウスペンスキー寺院遠望    

ヘルシンキの空港から30分遅れの20時50分に出発し、関空に7月3日(木)午後0時前に到着し、自宅に帰った。今回の旅行は緯度が北に高く、夏でも涼しく、ほとんど日が沈まないところを経験し、1000m級の低い山でも残雪がある風景を面白く見ることが出来、フィヨルドを実感することができたが、心から感激するほどの経験はしなかったことで物足りなさが残った。また、戸惑ったのは北欧4国すべてがそれぞれ特有の通貨を持っており、国が変わるたびに通貨を用意する必要があった。非常に不便であった。また、これらの国は裕福で福祉国家であるため税金が高く、物価の高さは日本よりもさらに高く感じた。水でも400円ほどかかり、缶ビールでも800円ほどかかった。今回、一行の中の女性で初日にバッグを置き引きされ、パスポートもなくなった。幸いなことに、北欧4国内ではあまり、パスポートの厳しい検査はなくパスポートなしで、旅行が続けられた。パスポートのコピーでも持っていれば再発行の手続きも早く済んだと思うが、用意をしていなかったため、手続きに時間がかかり、帰る前日にようやく再発行された。          

 

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