アメリカ西部4大国立公園と

              モニュメントバレーを巡る旅    

今年(平成19年)3月17日(日)〜3月24日(火)にかけて南半球のニュージランドを旅行した。ニュージランド旅行は気候も良く牧歌的な風景を満喫したが、自然の雄大さには少し物足りなさを感じた。そこで、自然の雄大さを求めて、アメリカ西部を6月27日(水)〜7月4日(水)にかけて旅した。日本は梅雨であるが暑いので、薄着で良いが、サンフランシスコやブライスキャニオン、グランドキャニオンは高原なので肌寒とのことであったので、ウインドブレーカを準備した。

6月27日(水)

関西空港からユナイテッド航空で午後3時25分にサンフランシスコ(日本とのサマータイムのため時差16時間)に向け出発し、午前9時頃に到着した。朝食は機内で済ましていたので、即サンフランシスコ市内観光に出かけた。サンフランシスコの天候は山側には雲がかかっているものの晴れてすがすがしかった。まず、有名なゴールデン・ゲート・ブリッジに向った。途中、ジャイアンツ球場や多くの坂道を眺めながらゴールデン・ゲート・ブリッジに到着した。全長2737mで2本の橋脚からなる吊橋で、サンフランシスコとマリン・カントリとを結んでおり、4年以上もかけて1937年に建造された。橋のエンジ色は緑の丘、空の青、海の青の中に映えていた。確かに現在においては日本のいくつかの大きな橋を見ている私にとっては特に珍しいものではないが、私が生まれる2年前に完成しており、歴史を考えれば、感心させられる。展望台からはギャングで有名なアルカポネを収容していたアルカトラズ島やダウンタウンを望むことが出来た。

*以下のすべての写真は画像のクリックにより拡大写真になります。

ゴールデン・ゲート・ブリッジ

ゴールデン・ゲート・ブリッジ

ゴールデンゲートブリッジの展望台からダウンタウンを望む

フィッシャーマンズ・ワーフ

ついで、フィッシャーマンズ・ワーフに向った。ここはかつては倉庫が連なった小さな漁港であったが、大ショッピングセンターが作られいろいろな種類の店が連なり、飲食店も多くあり、賑わっていた。我々もこの中で昼食を取り、フィッシャーマンズ・ワーフを一回りした。ここからは目の前にアルカトラズ島を見ることが出来た。また、ベイ・ブリッジも眺めることができ、反対方向にはゴールデン・ゲート・ブリッジを眺めることが出来た。昼食後にゴールデン・ゲート・ブリッジを眺めると山側からの雲により、すでに一部が雲に覆われていた。霧のサンフランシスコの一端が窺がえた。ベイ・ブリッジは1936年に開通した。これはサンフランシスコとオークランドを結んでおり、トレジャー島を中継地として全長13679mある。この後、多くの有名ブランド店やデパートなどに囲まれたユニオン・スクエアに立ち寄り、さらに坂の街サンフランシスコの象徴であるケーブルカーも観光した。ケーブルカーは私個人としては特に興味があるというものではなかった。

フィッシャーマンズ・ワーフからベイブリッジを望む

アフィッシャーマンズ・ワーフからアルカトラズ島を望む

ユニオン・スクエア

坂を登るケーブルカー

ケーブルカー

オークランドの街

午後2時頃東に約300km離れたヨセミテ国立公園に向かった。まず、ベイ・ブリッジを渡り、オークランドを通り、さらに、なだらかに波打った黄土色の牧草山脈を越えて行った。牧草山脈は南北に400km程度続いており、牧草は現在は雨がないので枯れており、雨の降る11、12月に緑になるとのことである。ここで、見事な光景が現れた。それは、この牧草山脈の尾根伝いにずらりとすごい数の風力発電の風車が並び風を受け大きく回転していた。私の経験では三重県の青山高原の尾根伝いに十数機の風車で、昨年にはトルファンからウルムチに向う途中の荒野にすごい数の風車群を見た。今回はこれをも上回っているのではないかと思った。また、ちょと気になったのはこの牧草山脈の牧草を燃やしており、もくもくと煙を上げており、この広大な牧草地帯を同じように燃やしたなら、非常に大きな環境破壊だなとも思った。牛がのんびりと草を食む広大な牧場も越え、更に、アーモンド畑、胡桃畑、葡萄畑を通り過ぎ、サマータイムでもあり、まだ明るい中ではあるが、7時半頃ヨセミテ国立公園の少し手前のオークハーストにあるホテルに着いた。

牧草山脈の尾根に続く風力発電の風車

牛の放牧

ブライダルベール滝

エル・キャピタン

6月28日(木)

朝7時半頃ホテルを出発し、ヨセミテ国立公園に向った。そして、まず、ヨセミテ峡谷の入り口あたりで、マーセード川に流れるブライダルベール滝(高さ189m)を見ることが出来た。残念なことに、滝の水量が少ないため、名前のようなすばらしいベールには見えなかった。地面からの高さが1080mある世界最大の花崗一枚岩のエル・キャピタン(酋長の意味)を見上げ、マーセード川上流の向こうにドームを半分に割ったような岩のハーフドーム(標高2693mで岩のみの高さ1443m)を眺めることが出来た。さらに、ヨセミテ滝を見ることが出来た。この滝は上滝(435m)と中滝(205m)と下滝(97m)に分かれており、3つ合わせて737mにもなる。この峡谷からの眺めはすばらしかった。また、一つ残念なことは、国立公園レンジャー隊により、樹木保護のために月に一度は行われる下草焼きの日と重なり、珍しさはあるものの煙により視界が悪くなっている場所があった。この後、少し、後戻りし、ヨセミテ国立公園を上からのすばらしい眺めが可能な標高2199mのグレーシャーポイントへバスで登った。ここでは、弁当が渡され、すばらしい景色を眺めながら弁当を食べた。日当たり場所は汗ばむが、木陰では過ごし易かった。遠くには残雪の3996mのマウントライエルが見え、ネバダの滝、バナールの滝、ハーフドーム、ノースドーム、バスケットドームなどなどすばらしい景色に出会うことが出来た。この後、サンフランシスコのホテルに7時頃到着した。ヨセミテの峡谷は氷河により作られたとのことである。

マーセード川からハーフドームを望む

ヨセミテ滝(アッパー滝)

ブルージェイと呼ぶ鳥

レンジャー隊による下草焼き

グレーシャースポイントからのハーフドーム(正面右)、ノースドーム(左端)、バスケットドーム(左端の右)、タナヤ峡谷(中央左)

グレーシャースポイントからのハーフドームの右にネバダ滝(1801m)とバナール滝(1538m)を望む。遠くには残雪のライエル山(3997m)

ヨセミテ峡谷の下草焼きの煙

ベイ・ブリッジ

6月29日(金)

朝5時にホテルを出発し、空港に向った。そして、7時30分ころサンフランシスコを出発し、ラスベガスに9時頃到着した。飛行機で空から眺めていると砂漠の中の都市であることが良く分かった。また、さすがにカジノのラスベガスである。スロットマシンだけではあるが空港内に設置されていた。さっそくザイオン・キャニオン国立公園に向った。ラスべガスのホテル群を通り過ぎると砂漠の荒野を行く。場所によってはサボテンの群生も見られ、山は険しい赤茶けた様相を呈している。

残雪のシェラネバダ山脈

ラスベガス上空

空港内のスロットマシン

ラスベガスのホテル群

ラスベガスのホテル群

サボテン群生

荒々しい山々

荒々しい峡谷

ザイオン・キャニオン国立公園ビジターセンターのところに来ると環境保護のためのシャトルバスに乗り換え、ノースフォーク・バージン川に沿って赤い岩山の迫りくる中をいろいろな形の2000m級の岩山を眺めながら10km程遡り、終点で降りた。これより先は更に岩山が迫り、徒歩によるしかない。バスより降りると暑く、川辺の木の下に行けば少しは暑さは和らぐがやはり暑かった。川では多くの人が遊んでいた。また、更に奥のナローズ(川中を歩く必要があるほど岸壁が迫っている)を目指す人も多く見られた。我々は時間も限られており、早々にシャトルバスに乗り込み戻りの岩山を楽しみながらビジターセンターまで帰った。ザイオンの名前の由来は聖書の「シオン(神の街)」からである。名の如く人を容易に寄せ付けない変化に富んだ大きな岩山群の面白さを満喫できた。この後、80kmほど離れたブライス・キャニオンに向かった。道はザイオン・カーメル山ハイウエイで、はじめはザイオン・キャニオンを見下ろしながらつづら折に山を登って行き、さらにトンネルを抜け台地を走った。途中には珍しいバッファロー牧場があった。ブライス・キャニオンに近ずくに従い、メサテーブル(台形状)の山が見られるようになる。そして、ブライス・キャニオンの入り口辺りに差し掛かるといろいろに侵食された赤い岩の柱を持つ山が現れた。ブライス・キャニオンのホテルには7時頃到着した。ブライスは最初に開拓した人の名とのことである。

専用バスへの乗り換え所(ビジターセンター)

 

ここまでは渓谷が比較的広い

川を挟んで両壁が迫り、ここより先は徒歩

 

 

 

ザイオン・カーメル山ハイウエイ(ブライスキャニオンへ)

バッファローズ牧場

ブライスキャニオンの入り口近辺の奇岩

ブライスキャニオンの入り口近辺の奇岩

ブライスキャニオンの日の出前

6月30日(土)

ブライス・キャニオンの朝日鑑賞のため朝5時半にホテルを出た。朝日の出てくるところには少し、厚い雲があったため綺麗な日の出を見るまでには至らなかったが、朝日を浴びた奇岩群の量と多様さ広さには圧倒された。このような奇岩は標高2400mほどの台地の侵食により出来ており、大きさにおいても全然差が大きいが、形状は一見、鍾乳洞の石筍にも似ている。じっくりと一つ一つの奇岩を眺めている時間もなく、7時頃ホテルに戻り、朝食を取り、9時にモニュメントバレーへ向け出発した。

朝日を受けるブライス・キャニオン

朝日を受けるブライス・キャニオン

ホテル前の松の枝の鳥

ホテル前の芝生上の鳥

ブライス・キャニオン近くの分水嶺

レイクパウエル

途中はやはり殺伐とした荒野がほとんどで、その中をバスがひたすら走り、150kmほど走ってレイクパウエル湖に着いた。このレイクパウエル湖はコロラド川を堰きとめたグレン・キャニオンダムのために出来た全長100kmほどの湖で、このダムはグランド・キャニオンのコロラド川の流れを調整するためと下流のフーバーダムを守るためである。ダムの横にはビジターセンターがあり、ここのダムの説明がなされていた。そこで、中に入ろうとすると空港と同じくらい厳しい検査が行われた。テロにより破壊されることを警戒しているらしい。ここよりすぐのところにアンテローブ・キャニオンがある。ここにも立ち寄った。ここはレイク・パウエルに注ぐ川の上流にあり、平常時は川に水はないが水が流れると水により岩がえぐられる水による浸食作用による岩の造形美で、太陽の光の当たり方により侵食された岩の壁面の色が微妙に変化し、複雑な造形の様相を呈する。これが干しあがった川の中にあるため、ジープや4輪駆動車などに乗り、砂地の川底の上をがたごとと走って行き、アッパー・アンテローブ・キャニオンにつき、車から降り、アンテローブ・キャニオンを見て歩いた。ここはインデアンが管理しており、幸いなことに、酋長もガイドに加わってくれ、インデアンの若者がガイドとして回っていたが、途中で、音響の良い場所で木管楽器を吹いて音楽を聞かせてくれた。ここは1930年に牛追いの少女により見つけられたとのことである。この後、120kmほど離れたモニュメントバレーに向った。モニュメントバレーに近づくに従い、高さ300mほどのメサテーブルの山が現れるようになる。そして、この辺りはインデアンナバホ族の居留地にあり、ナバホ族の住居が展示されていた。現在、住んでいる住居は普通の近代的な住居であるが、なかには昔からの半球形の土の住居も加えられていた。ホテルに午後6時頃到着した。ホテルの前には良く写真で見られる風景が広がっていた。また、昔よく見た西部劇の世界である。そこで、夕食後、自室のベランダにデジカメを置き、日没前、日没後の風景を撮り、さらに、日の出前の風景も撮った。幻想的な風景を目の当たりにできた。

グレイキャニオンダム

グレイキャニオンダム

アンテンロープキャニオンの入口

アンテンロープキャニオン内部

アンテンロープキャニオン内部

アンテンロープキャニオン出口

モニュメントバレーに近いインデアンナバホ族の居住小屋の展示

モニュメントバレーの入り口

 

モニュメントバレー(リュート:メサがさらに侵食された結果)

モニュメントバレー(メサ)

ホテルからメサ、リュート群を望む

夕日を浴びるメサ、リュート群

落日後のメサ、リュート群

朝焼けのメサ、リュート群

7月1日(日)

今日も日の出を見るために5時半頃ホテルを出発し、モニュメントバレー内に専用バスで入って行った。夕べのホテルからの景色は幻想的ではあるもののなにか平面的に感じられ、これだけで終わりの風景のようにも思った。しかし、モニュメントバレー内深くバスで入っていくと更に多くのメサ、リュート群が現れ、ぐるっと巡るとそれぞれが立体的に見えてきて、さらにすばらしい景色となり目に入ってきた。

昇日前の月とモニュメントバレー

朝日とモニュメントバレー

朝日を浴びるモニュメントバレー

朝日を浴びるモニュメントバレー

インデアンのポットアート(キャメロンの町)

グランド・キャニオンへの登り途中

ホテルでの朝食後9時半頃180kmほど離れたグランド・キャニオンに向け出発した。グランド・キャニオンに近い町キャメロンにある店には陶器のインデアンポットが陳列されており、今自分も陶芸をやっている関係で、非常に興味をおぼえた。われわれが行こうとしているサウスリム・グランド・キャニオンは標高2200mほどあるため、バスで登っていくのであるが、登り始めはグランドキャニオンらしい風景は見えず徐々にバスから見る風景に大地のクレバスが少しづつ現れ始める。登り始めは小さな砂漠の草が点在しているため、大地のクレバスも比較的見つけ易いが、登るにつれ、松の林となって行くためバスからはクレバスの存在が分からない。登りつめてようやく大地のすべてがクレバスで覆い尽くされている景色が目に迫ってくる。まずはサウスリム(南壁)の東口の近くにあるデザート・ビューポイントからグランド・キャニオンを展望した。いつか聞いたことだが、「グランド・キャニオンを見れば人生が変る」と言うことだ。確かにこの壮大さに触れれば物の見方、考え方が変る人もいるのであろう。ただ、私の場合は確かにこのような光景は生まれて初めてで、自然の大きさを感じるのもやはりはじめてであるが、自分にとって余にも桁外れの場合、自分との比較ではなく、非常に客観的、傍観的になり、感動はするものの、従来の考え方、物の見方が変るというものに繋がらないように思えた。或いは年を取りすぎ、鈍感になったのかもしれない。しかし、とにかくすばらしい。この後、一旦ホテルに入り、次いで夕方の日没前のグランドキャニオンを見ることになっている。ホテルへは午後3時半頃に着いた。早く着いたので、先にシャワーを浴び、6時半頃再びグランドキャニオンの夕日鑑賞に出かけた。マザーポイントの西から落日を眺めようとしたが、残念ながら近くの壁にはばまれ先に近くの壁の下に沈み真の落日は見えなかったが、西日を浴びたグランド・キャニオンを見ることが出来、影により、一層、立体感がます。そして、8時過ぎにホテルに帰って夕食を取った。

グランドキャニオンへの登り途中の松の群生

サウス・リム(南壁)の東端のデザートビューポイントからの眺め

サウス・リム(南壁)の東口のデザート・ビューポイント(2267m)からの眺め

サウス・リム(南壁)の東端のデザートビューポイントからの眺め

夕日を浴びるグランドキャニオン(マザーポイントの少し西)

マザーポイントからの日の出前のグランドキャニオン

7月2日(月)

朝4時半頃ホテルを出発し、グランドキャニオンの朝日鑑賞に向った。朝日鑑賞はマザーポイントで鑑賞した。日の出前から涼しい気温の中、日の出を待ったが、日の出の方向には少し厚い雲がたなびいていたのであまりはっきりとした日の出を見ることはできなかった。そのため、日の出による朝日の当たるグランドキャニオンがはっきりと写真に撮ることができなかった。しかし、グランドキャニオンの壮大さには変わりはなかった。マザーポイントの近くにサウスリム(南壁)を川底の方に下りて行く小道(トレイル:trail)がある。この小道は徒歩で下りる人もあり、ミュール(オスのロバとメスの馬との間の子のラバ、頭は馬で冷静で、身体はロバで小さいが頑丈)で、下りて行く人もある。そこで、この小道を数百メートル試し歩きをし、その後ホテルで朝食を摂り、8時半頃、450kmほど離れたラスベガスに向け出発した。

朝日を浴びるグランドキャニオン(マザーポイント)

カリブー

リムトレイル

トレイル用のミュール

飛行機博物館(マッカーサーが日本に来た時に乗った飛行機)

旧ルート66の面影の街キングマンでの店

ラスベガスへの途中、飛行機博物館に立ち寄った。ここにはマッカーサーが日本に来た時に乗ってきた飛行機や数機の飛行機が置かれていたが、季節やその時々により、置かれている数も機種も異なるとのことであった。次いで、ラスベガスに近いところでハイウエーからはずれ旧ルート66の道路に入り、昔の面影を残す街キングマンに行った。ルート66はシカゴからロスアンゼルスまでの西部開拓時代からの主要な道路であった。街自身はあまり綺麗な町でもなく、むしろ、さびれた街である。みやげ物店にはルート66のネイムの入ったものばかりで雑然と置かれていた。さらに、ラスベガスに近づくとミード湖が砂漠の中に水を満々とたたえており、水上スポーツを楽しんでいた。建物としては写真で見える程度のもだが、やはり、カジノという字が大きく浮かんでいた。そして、サボテンの群生する砂漠はラスベガスからザイオンへ向かう時も見た風景である。このような殺伐としたところにカジノだけの街ラスベガスが栄えることは非常に不思議に思える。ラスベガスのホテルに午後3時頃に到着した。到着してホテルに降り立って非常に驚いたのはラスベガスの暑さである。気温は40度を越えているとのことである。日本にいる時に良く聞いたのは温度が高くても湿度少なければからっとしており、からっとした暑さは、日本のような湿度の高い暑さより、しのぎよいと聞いていたが、ラスベガスの暑さはからっとした暑さを越えたもので、このようなところでよくぞ人間が生きていられるなと感じるほどの半端でない暑さを経験した。よっぽど湿度は高くても大阪の暑さのほうがましのように感じた。まだ、午後3時で真昼に近かったので、ホテルの近くを見て歩いても良い時間ではあるが、日射病に即かかりそうであったので、一歩もホテルから外へ出ず、日の暮れるのを待った。夕食後日が落ちたので、ネオン鑑賞に出掛けた。日が落ちれば、砂漠地帯は放射冷却で涼しくなると期待したが、街全体が太陽に焼かれてしまっているため、湿度は低くからっとはしていても身体は下のコンクリートからの熱で温められ耐えられる暑さではあるが、暑さによる不愉快さは大阪の蒸し風呂のような暑さよりきびしかった。そのなかをそれぞれがカジノを備えたホテルの派手なネオンを見ながら2時間以上もぶらついた。案内書には特徴のある野外ショウをするホテルがあると書いていたので、2ヶ所ほど見ようとしたが、1ヶ所は待てど暮らせど見ることが出来ず、1ヶ所はショウをやったが人があふれかえり、早々に立ち去った。いまどきは日本でもディズニーやUSJなどでいろいろなショウをすでに見ているので、このようなラスベガスでやられるショウも特に珍しくもなくなっているように思える。ラスベガスでは今でもホテルの予約率が90%と高く、いまだにホテルの新築、増築が活発であるとのことであり、今までは大きなホテルで3000室ほどであるが、今後は6000室のホテルも出現するとのことである。このような繁盛ぶりは私には理解できない。カジノのためにこのようなところに集まってくるというのが理解できない。2度と来たいと思うことはないであろう。

ミード湖(ボルダー市)

サボテンの群生

火力発電所

マウント・イーデンからのオークランド市内(西)

 

 

朝焼けのラスベガス

ベイブリッジ(中央)とサンフランシスコのダウンタウン(手前)とオークランド(ベイブリッジの向こう側)

7月3、4日(火、水)

いよいよ今日は帰国の日である。ホテルを午前5時頃なまあたたかいというよりなま暑い中空港に向け出発した。そして、ラスベガスを8時半頃出発し、サンフランシスコに10時頃到着した。そして、サンフランシスコを所定より1時間遅れの午後1時半頃出発し、日本には4日(水)の5時20分に関空に到着した。サンフランシスコの出発の時に空からゴールデン・ゲート・ブリッジ、ベイ・ブリッジ、ダウンタウンを見下ろすことが出来たが、ゴールデンゲートブリッジだけが雲に覆われ橋の柱の先端部分だけしか見ることが出来なかった。今回の旅は雄大な自然を満喫できた。ただし、朝日、夕日鑑賞がツアーに入っていたので、よい思い出にはなったが、寝る時間が短くなりハードなツアーになった。

雲に隠れるゴールデンゲートブリッジ(中央)とエンジェル島(左)とアルカトラズ島(右)

サンフランシスコ湾

 

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