南アフリカ4カ国10日間の旅

ビクトリアの滝と南アフリカを平成29年7月8日(土)から7月17日(月)にかけて10日間旅行した。

7月8日(土)

関西空港に午後4時前に集合し、6時発のキャセイパシフィック航空で香港空港(日本との時差ー1時間)に8時30分頃到着し、福岡、関西、愛知、関東各地から香港に集まった旅行客25名で、香港を午前0時頃南アフリカ航空でヨハネスブルクに向った。

7月9日(日)

ヨハネスブルクに午前7時過ぎに到着した(ヨハネスブルクは東京より-7時間の時差)。更にヨハネスブルクから午前10時40分発の南ア航空機でザンビアのリビングストン市に向い、午後0時20分頃到着した。この後、午後1時30分頃バスに乗り、ザンビアを出国し、ジンバブエに入国し、ビクトリアホールズ市にあるホテルに向かい午後2時30分頃ホテルに着き、一旦休憩を取った。午後3時30分頃ホテルを出発し、ザンベジ川でビクトリアホールズより上流のサンセットクルーズ観光に向かった。そして、午後3時45分頃から船に乗り日没の午後6時頃の下船まで、川面、川辺を目を凝らせて探索したがなかなか動物には出くわさなかった。出くわしたのはワニに1回、3,4匹のカバに1回、日没時に川辺の象の群れに出くわしただけであった。もっと多くの動物に出くわすことを期待していたので、すこし拍子抜けした。しかし、ザンベジ川の日の入りは美しかった。



リビンストン空港の玄関で歓迎催しがされていた

ホテルに向かう途中の街並み


何の農場かはよくわからないが農夫らしい人がいる>

ザンビアからジンバブエに入国する時に渡るザンベジ川のビクトリアフォールズ橋からのビクトリアの滝

ザンベジ川下流側の景色

ホテル内からのビクトリアホールズ水煙遠望(中央)

 

ビクトリアホールズ水煙(望遠)、左側から水煙の色が赤から青へ変化

ザンベジ川サンセットクルーズの開始

ようやくワニ発見

トキコウ発見

ザンベジ川の右側中州

かば発見

かば向こう向いて大あくび

アフリカハサミアジサシ

辛うじて鹿発見

エジプトがんの群れ

エジプトがん飛び立つ

ザンベジ川の夕日

ゆったりとしたザンベジ川の流れと中州

午後5時半頃で夕暮れに像の群れ発見

象の群れ水飲み場から去っていく

ザンベジ川のサンセット



サンセット

サンセット

サンセット

サンセット、午後6時頃


7月10日(月)

朝8時頃ホテルを出発し、ザンベジ川上流にあたるチョベ川沿いに広がる平均標高1000mで約1万平方キロメートルの広大な面積を持つ動物保護区のボツワナのチョベ国立公園に向った。そして、午前9時50分頃8人乗りジープでドライブサファリをした。ジープは何の囲いもないため、猛獣の中に入れば本当に危ない状態である。ドライバーたちは互いに無線で連絡を取り合って動物を探しあっているが、結果は1時間30分のドライブサファリの間、赤茶けたでこぼこの土の道を走り回ったが、猛獣としては遠くにライオン1頭をかろうじて見ることができただけであった。インパラや象の群れがほとんどで、キリン、シマウマも辛うじて発見できた。このように猛獣にめったに出くわすことがないことからジープには何の囲いもないことが理解できたが、反面大きな期待がそがれた。昼食の後はボートサファリを楽しんだ。川岸には種類としては少ないものの多くの動物が群れており、この多くの群れを眺めていると大河のゆったりした流れと共にゆったりとした時の流れを感じることができ、1時間45分間のボートサファリを楽しむことができた。この後、青空民芸品店を訪れ、1度ホテルに戻り、午後7時過ぎにボマディナー(アフリカンバーベキュー)で夕食を取った。ここでは野生動物の肉が食べられ、ボンゴのような打楽器演奏も聞くことができたが、食事としてはあまり興味がなかった。しかし、打楽器演奏は面白かった。



道路沿いの土産店

道端にイノシシ

バオバブの木

バオバブの木の実

チョベ国立公園セデュデュ入口

ひひ猿

サバンナの中を行く


チョベ川遠望

りす

ホロホロ鳥

インパラ

象のお出まし

アフリアカ象は大きい

チョベ川中州にはバファローの群れ



チョベ川辺のイノシシ

ウオータバック

川辺のインパラなどの群れ

ライオン発見

中州川辺のバッファローズ

川辺に向かう象とホロホロ鳥

川辺に向かう象

川辺のブロンズトキ

川辺のアフリカハゲコウ

シロクロゲリ

ワニ

ライラックニシブッポウソウ

アフリカレンカク

中州に上がったカバの群れ

アフリカヘラサギ

クロスキハシコウ

川辺のインパラ

無造作に転がっている頭蓋骨

セイタカシギ

象の群れ

キリン発見

キリン

像の群れ

キリン

シマウマ発見

シマウマの群れ

クードゥ発見

ボートサファリ出港

カワセミか

チョベ川

白頭鷲

川辺にバファローズや鳥の群れ

イノシシ

コサギ

ヒメヤマセミ

ヒメヤマセミ

鳥の群れ

左はエジプトがん、右は何の鳥

泳いでるワニ発見

エジプトがんの親子か

レンカクゲリ

ハゲワシか

セイタカシギ

トキコウ


中州のバッファローズの群れ、その向こうは象

オニアオサギ

パピルスか

ブロンズトキ

ヒヒざる

ブッシュバック

ブッシュバック

アオサギ、右端の白い鳥、チョウサギ

クロスキハシコウ

象の川渡

象の川渡(水深が浅いため歩いて渡る)

中州へ渡り終えた象

象とキリンとインパラとひひ猿

象とキリン

中州の象

民芸品店

民芸品店

ボマディナー(アフリカンバーベキュー)

ボマディナー

 7月11日(火)

午前8時30分頃ホテルを出発し、落差108m、滝幅1708mのビクトリアの滝観光に出かけた。まずビクトリアホールズをザンビア側から見るためにホテルのあるジンバブエを出国し、ザンビアに入国し、ザンビア側の散策路を歩きビクトリアの滝を眺め、再びザンビアを出国し、ジンバブエに入国し、ジンバブエ側の散策路を歩き滝を眺めた。ザンビア側の滝に沿っての散策路はおよそ300mで、ジンバブエ側の滝に沿っての散策路はおよそ1.3kmほどである。今回の旅行時期を選んだのは乾季で水量的にも多く残っている時期と考え選んだのである。まだ水量が多く滝から巻き上がる水飛沫が多いことを予測し、レインコート、足元はサンダル姿で臨んだ。予測通りで、滝つぼから大量の巻き上がった水飛沫が上から横から風雨のように降ってきて、大変であった。水滴からカメラを守るためカメラを覆うカバーを購入して用意して挑んだが、初期は防水の役割はするものの、カバーの内部が蒸気で曇ってしまい、レンズには水滴が付き、あまり役に立たなかった。結局、南アメリカのイグアスの滝の時のようにハダカカメラで出来るだけ飛沫の方向に注意しながら撮影し、何とか乗り切ることができた。ビクトリアの滝の場合は滝口がザンビア川の川幅全幅からカスケード式に流れ落ちており、滝つぼの奥行は全幅にわたってほぼ同じため水煙は全幅にわたって巻き上がり、壮大さが増すようだ。全体にわたってすごいパワーを感じることができた。この後、レストランで昼食をすませ、滝を上空から見るためヘリポートに向かった。ヘリコプターは6人乗りで、飛行は15分余りであった。上空からのビクトリアの滝やザンベジ川の上流、下流のつながりなど興味深く見ることができた。この後、一旦ホテルに戻り、午後5時30分ころ、夕日観賞を兼ね夕食のため、展望レストランに行った。午後6時前のサンセットを見ることができ、遠くの小さな池に日暮れに集まる動物を見ることができた。そしてアフリカの平原の静かな日没を楽しむことができた。

ビクトリアの滝散策コース青い四角左から悪魔の大滝、主滝、蹄鉄型の滝、虹の滝、東の大滝

ビクトリアホールズ橋から滝を望む

滝の左側がジンバブエ側右側はザンビア側



ザンビア側

リビングストーン像

ビクトリアの滝の東の大滝

西に向かって歩く

ビクトリアホールズを望む左端に橋(ザンビア側の散策路の中頃に橋がある)

この辺りはずぶぬれになる

橋から下流側の岩壁

ずぶぬれになる

ザンビア側散策路図17番Knife Edgeからジンバブエ側を望む、レインボウ滝

ビクトリアフォールズの散策路図のジンバブエ側のDangerpoint(point15)をザンベジ側から見た時の虹

散策路図の17番Knife Edgeからビクトリアフォールズ橋を望む

ジンバブエ側散策路Danger point15からザンビア側を望む

Dager point15から下流を見る

point15から西側を望むずぶぬれは続く

左端の樹木のあるところリビングストーン島、右蹄鉄型の大滝

主滝、滝つぼから少し離れているためほとんど濡れない



主滝、右端の樹木のあるところリビングストーン島

水飛沫のため道両側にはシダ類が多い

主滝

正面カタラクト島(point6より)、右の滝、主滝、左の滝、悪魔の大滝

右端主滝、左端悪魔の大滝(point3より)

悪魔の大滝をpoint2から

point4から悪魔の大滝

ヘリポートからビクトリアの滝の水煙を望む(虹色)

ヘリでビクトリアの滝に向かう

ザンベジ川上流より滝を望む

望遠で滝を撮る

滝の西側上空

滝の西側上空

滝の南西上空

滝の南上空

バオバブの木(高さ23m、幹周囲18m樹齢1000〜1500年)

バオバブ並木

展望レストランからの池の周りの夕暮れの鳥たち、アフリカハゲコウ、ホロホロ鳥

池に集まるバッファローズ

池の周りの鳥たち

日の入り

日の入り時の池の周りの景色

池に映る象のシルエット

7月12日(水)

ホテルを8時に出発し、CHAMABONDO PRIMARY SCHOOLを学校訪問した。全校で1700人の生徒が在籍で、4才から13才で1クラス50人の体制である。この日の為に、子供たちへの贈り物として文房具を持ちより校長先生に渡した。学校を訪れてみると運動場の木陰では10組くらいの生徒が勉強していた。教室の数も足りないようだ。しかし、生徒たちは明るく勉強に取り組んでいた。この日は移動日で、 この後、リビングストン空港に行った。そして、リビングストン発午後1時の航空機でヨハネスブルグに午後2時40分頃着き、一旦ホテルに行き、その後、夕食を取るためにレストランに行った。

いくつもの組が大きな木の下で授業中

校舎

校舎内での授業

教室空き待ち

1

給食準備(トウモロコシの粉のスープ)

野外授業


7月13日(木)

午前8時にホテルを出発し、南アフリカ最大の経済都市ヨハネスブルグの北西30kmに位置するスタークフォンテン洞窟に向い、9時30分頃着いた。この近辺には多くの洞窟があり、おおくの人類化石が発掘されており、その洞窟の代表的な洞窟がスタークフォンテン洞窟である。この洞窟は狭い場所もあり頭を防御すためヘルメット着用が義務付けられている。また、洞内は明かりが少ないため、各自懐中電灯かヘッドランプを持ち進んだ。この洞窟は1896年に発見され、1924年に洞窟を調査したレイモンド・ダートが、小さい頭骸骨を発見した。この頭蓋骨のアウストラロピテクスは直立二足歩行を行った人類の直接の先祖であるという論文を発表した。この説を支持したロバート・ブルームによりこの洞窟の周辺から1947年に250万年前のアウストラロピテクス・アフリカヌスの女性の完全な頭蓋骨を発見した。この頭蓋骨がMrs.Ples(ミセス・プレス)と名付けられた。そして、更に多くの化石が発掘された。洞窟内はところどころ頭が当たるほど狭くなっており、鍾乳洞であり、ところどころには大きな石筍や鍾乳石があるが、洞内全体としてはほとんど水のしたたりはなく鍾乳洞としての成長や変化はないようであった。このようなところから頭蓋骨がよくぞ発掘されたものだと思った。成長しつつある鍾乳洞なら石灰質の水で覆いかぶされていたかもしれない。この後、ヨハネスブルグ郊外のソウェト地区にある平和ノーベル賞が送られたマンデラ氏のマンデラハウスに行った。マンデラハウスはアパルトヘイト体制が取られていた時期にマンデラ氏が1961年に反アパルトヘイトの政治活動家としてこの家を出て逃亡し、翌年に逮捕され投獄されるまで、14年間暮らした家で、その時の様子がうかがえるように陳列されている。マンデラ氏の業績は大変大きなもであることは理解できるが、マンデラハウスを見学することによる感慨は特に持つことはできなかった。この後、近くにあるヘクター・ピーターソン博物館に行った。ヘクター・ピーターソン博物館は1976年6月16日にアパルトヘイトの象徴とされていたアフリカーンス語で授業を行うという決定にソウェト地区の学生たちが抗議し、この抗議運動の中で当時13歳のヘクター・ピーターソンが警察官に射殺された事件に由来し、アパルトヘイトの多くの事柄がここに展示されている。館内は撮影が禁止されており、ここに内容は掲載できない。とにもかくにもこのようなアパルトヘイトの問題については共感でき、館内の展示物などには理解ができるが、どうしても第三者的とらえ方になりうわべだけの見学に終わってしまう。この後、昼食を取りヨハネスブルグの空港に行き、午後6時15分発の航空機でケープタウン空港に午後8時25分頃着き、この後ホテルに午後9時30分ころ着いた。




赤茶けた草木の少ない山に囲まれている。

火事による焼野原



焼野原

スターク・フォンテンの看板

洞窟入口

洞窟の前室の博物館、左上の頭蓋骨は1924年にレイモンド・ダートにより発見されたアウストラロピテクスの頭蓋骨、右下の頭蓋骨は1947年にロバート・ブルームにより発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスの女性の250万年前の頭蓋骨でMrs.Ples(ミセス・プレス)と名付けられた

パラントロプス・ロバスタス、1994年にアンドレ・カイザンにより発見された150から200万年前の女子の幼児の頭蓋骨

洞窟入口



折れた鍾乳石



成長の止まった古い鍾乳石

鍾乳石

地底湖



洞窟出口

左下はロバート・ブームの胸像、右は頭蓋骨を眺めている胸像

隣の洞窟で発掘作業がされている

F9576

出口を出てきた外の風景

入口側の外の風景



スラム街



マンデラハウス



寝室

寝室



マンデラハウスの裏

裏庭

ヘクター・ピーターソン博物館

このラインの先の街でヘクター・ピーターソンが射殺された現場に出会う



高層ビル


7月14日(金)

朝8時30分ホテルを出発し、ウオーターフロントに向いテーブル湾内の12kmほど沖合にあるロペン島に向かった。ロベン島はネルソン・マンデラが政治犯 として18年間にわたり収監されていた、かつての「監獄島」。ロベン島に着くと収容所内に入り、かつて収容されていた人がガイドとなり核施設の説明がなされた。当時収容された人々の大変さは想像できたが、長い時間が費やされ、自分にとっては余り引き付けられるものがなかった。収容所のガイドが済むと収容者のためのバスのような品祖なバスで、島内を一周した。この後、再び、ウオーターフロントに戻り、ここで昼食を取り、この後、テーブルマウンテンのロープウエー乗り場に向かった。標高300mの乗り場に午後2時50分頃着いた。このロープウエーは65人乗りで円形をしており、頂上までの間に内部が1回転するようになっており回転展望ができる。頂上は岩で少しはでこぼこしているが、ほぼ平坦である。今は真冬のため植物の花はほとんど見られなかった。見下ろす景色は素晴らしかった。午後4時過ぎに下り、テーブルマウンテンの南端の東側にあるワイナリー、グルート・コンスタンシアを訪れ、4種類ほどのワインの試飲をした。この後、レストランで夕食を取り、再び、ロープウエー乗り場近くまで登り、午後8時30分頃ケープタウンの夜景を楽しんだ。そして、ホテルに午後9時過ぎに帰った。




ウオーターフロントからテーブルマウンテンを望む

ウオーターフロントのシンボル「クロックタワー」

快晴でテーブルマウンテンがくっきりと見える

ロベン島

収容所の入り口

収容所

アフリカクロトキとホロホロ鳥

収容所廊下



独房

独房

独房

お墓



収容所の職員たちの住居

ロベン島からテーブルマウンテンを望む

ペンギン



何の鳥

ロベン島からの帰り

ウオーターフロントからシグナルヒルを望む

ウオーターフロントからテーブルマウンテン

サッカーワールドカップが行われたスタジアム

標高340mロープウエー乗り場

左の山シグナル・ヒル、ケープタウンの街

テーブルマウンテン(標高1086m、幅およそ3km))

登山道を登る人が見える

左ライオンズヘッド(669m)と中央シグナル・ヒル(350m)

テーブルマウンテンの模型

ムクドリの仲間(red−winged starling)



右端ライオンズヘッド

頂上

頂上

ダッシー(dassie)



テーブルマウンテンの東側

ワイナリー、グルート・コンスタンシア

ブドウ園

ケープタウン

ケープタウンのビル

ケープタウンの夜景

ケープタウンの夜景(望遠)


7月15日(土)

朝8時ホテルを天気の悪い中出発し、ケープ半島の観光に向かった。最初にハウトベイよりドイカー島(アザラシの島シールアイランド)を船で巡った。島には数知れないほどのアザラシが群生していた。が、全てが寝そべっている状態で、特にこれという興味もわかなかった。午前9時30分頃港に戻った。この後、アフリカペンギンが生息するボルダーズ・ビーチを訪れた。午後11時頃にボルダービーチに着き、ビーチに沿った道路を歩き、ケープペンギンの群棲している海岸に行った。何となくペンギンのしぐさが不器用で、人間のような面も感じられ、面白く観察できた。この後、昼食を取り、午後1時過ぎに生憎の雨の中、喜望峰に向かった。喜望峰は全長75キロメートルあるケープ半島の先端部分の南西端にあり、一方、ケープポイントは、喜望峰よりも少し南端にある。喜望峰には午後2時頃着いた。ケープポイントには喜望峰から少しバスで移動し、ケーブルカーに乗り、降りてから少し登ると展望台がある。小さいころから、地理の世界地図の時によく耳にした喜望峰は最初の発見者はディアスで岬は強風が吹き荒れることから「嵐の岬」と命名したが、後にポルトガル国王ジョアン2世がヴァスコ・ダ・ガマの東方航路(インド航路)発見を記念し、ポルトガルに希望と願いを込めて「喜望峰(Cape of Good Hope)」と命名した。アフリカ大陸の真の最南端は喜望峰から南東150kmにあるアグラ岬である。この後、午後3時30分頃テーブルマウンテンの北側にある約9千種の植物が栽培されている世界遺産ケープ植物区保護地域群のカーステンボッシュ植物園に向かった。植物園には午後4時30分頃入園した。園内は広々としており、緑で満ちていたが、残念なことに真冬であるため咲いている花は少なく、日没も早く、天気も悪いため薄暗い中をめぐることになり、あまり興味の引くものにはならなかった。この後、ショッピングセンターに寄り、最終の土産を購入する機会とした。そして、ホテルに戻り、夕食を取った。



ハウトベイの船乗り場オットセイとの有料の写真撮りをしている



シールアイランドのアザラシの群れ



シールアイランドから遠ざかる


ボルダーズ・ビーチのアフリカンペンギン

プラスチックの人工の巣



環境を壊さないたよう木道が設置

何の鳥

沢山のペンギン



大きな波にうまく波乗りをしている





井戸端会議か?

ボルダーズビーチ

喜望峰の近くで野生のダチョウ

野生のダチョウ



ダチョウの成鳥

喜望峰(アフリカ大陸の最も南東の端)

喜望峰



アザラシとウミウ

ケープポイント登るケーブルカーに行く途中のバスから喜望峰を望む

ケーブルカーの降り口から右の端喜望峰、左の展望台がケープポイント

葉が黄色くなる植物の群生



カーステンボッシュ植物園



テーブルマウンテンの南端



ストレリチア・レギネ



Whitsend




Bitter aloe

False buchu





ホロホロ鳥


ショッピングセンターの内部


7月16日(日)

朝7時30分にホテルを出発し、ボ・カープ(マレー・クォーター)17世紀にオランダ人により奴隷として連れてこられたマレーシア人の子孫が多く住んでいる地区の住居の壁の色がパステルカラーで美しいので、帰国前にマレー地区を訪れた。本当に壁の色が各家で異なり、綺麗な街並みを作り出していた。それにテーブルマウンテンが朝焼けの雲と共に美し景色であった。この後ケープタウン空港に行き、ケープタウン空港午前11字15分の航空機に乗りヨハネスブルグに午後1時10分頃到着し、次いで、ヨハネスブルグ午後5時20分頃南アフリカ航空機で出発し、香港に午後0時25分頃到着した。



朝焼けの雲とテーブルマウンテン


                                                   

スラム街

テーブルマウンテンの東側


7月17日(月)

更に香港午後4時50分発のキャセイパシフィック航空機で関西空港に午後9時50分頃到着し、無事帰宅した。
出発の20日前に股関節を痛めて以来整形外科の医師に診療してもらい。2週間消炎剤の薬をもらい飲み続けたが、なんの効果もなく、全然治らないまま、足をひずりながら旅行する羽目になった。今回の旅行も割合歩く場面があり、ひきずりながらの旅行はつらかったが、何とか皆についていくことができ、初期の目的を達成することができた。今回の大きな目的の一つは動物のサファリであり、世界三大瀑布の一つのビクトリアの滝を見ること、また一つは人類のゆりかごのスターク・フォンテン洞窟を見学することそしてテーブルマウンテンを眺め登ること喜望峰に到達することであった。このすべてをかなえることができ一応満足できる旅行であった。この旅行に限ったことではないが、飛行機の利用が多い旅行は非常に無駄な時間が多く使われ、観光に有効に使われる時間がすくなくなる。更に今回の場合は顕著な場合だがビクトリアの滝とサファリの場合移動距離が短いのにもかかわらずジンバブエ、ザンビア、ボツワナの3か国の出入国が多く、出入国手続きに観光に関係のない多くの時間を費やした。


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