ヨーロッパ5か国紀行

平成3年4月(1991年)から企業を中途退社し、私立大学の大学院大学の創立に参加することを機に、7月の夏休みを利用し、7月21日から8月3日,14日間の初めてのヨーロッパ旅行に出かけた。出かける1週間前には運の悪いことに腎臓結石の苦しみに遭い、病院の医者にお願いして、もし旅行中に痛みに遭遇した場合、外国の病院に駆け込めるように診断書を携え、不安を抱え旅行に出かけた。このような特別な時期の旅行なので、現在も当時のことは鮮明に思い出される。

7月21日(日) 午後成田から英国航空で出発し、夕方ロンドンに到着した。 

7月22日(月) ロンドン市内観光に出かけた。まずは1710年に完成したセントポール大聖堂に行った。ここでは外部のみの観光であったが、赤い二階バスにも出会い、大聖堂の大きさにも感激した。この大聖堂のドームの高さは110mあり、ローマのサン・ピエトロ寺院に次ぐものである。次に、ロンドン塔に行った。ここはテムズ川沿いにあり、幽閉や暗殺などの歴史的ドラマの舞台として有名である。この横からテムズ川にタワーブリッジが架かっており、堂々とした開閉式の橋である。このあたりは憩いの場所としては最適である。この後、国会議事堂の時計塔で有名なビッグ・ベンなどを過ぎ、英王室の居城であるバッキンガム宮殿に向った。そして、午前11時30分から行われる衛兵交替式を観覧した。ビクトリア女王記念碑の近くから見て、さらに、衛兵の行進について歩いた。非常に多くの観覧者で混雑しており、中でも日本人が目立っていた。午後はハイドパークの南に広がるショッピング街を散策した。そして、三越店でウエッジウッドのコーヒーカップを記念に買った。ロンドンには1日限りだが楽しい1日を過ごせた。

*以下のすべての写真は画像のクリックにより拡大写真になります。

セントポール大聖堂を望む

セントポール大聖堂

ロンドン塔

タワーブリッジ

衛兵の交替式

サン・ピエトロ寺院

7月23日(火) ロンドンを出発し、正午前にローマに着いた。スパゲッティの昼食後ローマ市内観光をした。まずは最初にバチカン市国のに行った。サン・ピエトロ寺院は326年聖ペトロの墓の上に建てられたことにはじまるもので、建物で囲まれたサン・ピエトロ広場は非常に広く、何かの行事の時にはここに大衆が集まるようだが、40万人が収容できるそうで、すごさが想像させられる。そして、内部は見物人が多かったが内部の荘厳さ、壮大さに圧倒された。さすがにカトリック教の総本山である。護衛兵が市国の入口におり、護衛兵はスイス人でミケランジェロがデザインした服装をまとっているとのことである。そして、このあと紀元前7世紀から1000年にわたる古代ローマ遺跡フォロ・ロマーノを遠くから眺め、コロッセオに向った。コロッセオは紀元80年に完成した競技場であるが、内部は遺跡のためか、今の競技場からは想像しにくく、多くの壁で仕切られた雑然とした模様をしていた。ついで、サンタマリアインコスメディン教会の「ローマの休日」で有名になった”真実の口”を見物した。写真を撮るのに順番を待った。最後にトレビの泉に行った。クレメンス13世が1762年に完成させたもので、後ろ向きにコインを泉に投げ入れると再びローマに来れると言う事で有名な泉であるが、彫刻がすばらしく、青い水の中に映えていた。ヴェネチアには行かないのでローマでヴェネチアグラスのカットグラスを買った。真夏だが、日本にいるときほど暑さは感じない。湿度が低いからであろう。

寺院内部

寺院の護衛兵

ローマ古代遺跡

コロッセオ

コロッセオの内部

トレビの泉

7月24日(水) ローマーから200kmほど南に離れたポンペイの遺跡へ行った。ポンペイは紀元前79年、ベスビオ山の大噴火により一瞬に埋もれた古代都市で、非常に広大で、すべてを見尽くすことはできないが、遺跡を大まかには掴むことができた。遺跡なので日陰になるところが少ないため、少し暑かった。まさしく、古代へのタイムスリップである。日本の場合は住居は木造のため、このような遺跡は残らないと思う。この後、ナポリの街をバスで観光した。停車するところはナポリの全体を見晴らせる高台の場所1箇所のみであった。ここからの見晴らしはすばらしかった。

ポンペイの遺跡

 

ナポリの街を望む

グーテンフェルス城

7月25日(木) 飛行機でローマを出発し、フランクフルト(ドイツ)に到着した。午後リューデスハイムからサンクト・ゴアルスハウゼンの間をライン下りした。この間プファルツ城グーテンフェルス城、12世紀の要塞のシェーンブルク城、ハイネの詩で知られ高さ132mのローレライの岩山、領主の名前を略して名づけられたブルク・カッツ(猫城)などを眺めながらの1時間45分の船旅であった。途中雨も降るすっきりしない天気であった。ライン川はゆったりと流れ両岸の丘にはブドウが多く栽培されていた。ライン下り後、バスでリューデスハイムの丘の上に行った。ここには普仏戦争の勝利とドイツ帝国の成立記念して建てられたニーダーヴァルト記念碑がある。これを見た後、同じ丘の上にあるホテルに泊まった。夏でも涼しく小さいホテルであるが印象に残った。

プファルツ城(税関城、手前)、山手はグーテンフェルス城

シェーンブルク城

ローレライ(高さ130メートル)

ルーデスハイムの丘の上からライン川を望む

7月26日(金) 古城街道にあるハイデルベルグ観光を行った。ハイデルベルグは創立600年を誇る大学の町であり、古城の町である。ビスマルク広場からハイデルベルグ城の観光を行った。城は一部修理中で、中には入らなかったが、城からの見晴らしは良く、町全体が見渡すことができた。さらに、ネッカー川に架かっており、赤いレンガ造りで、橋げたの一部には彫刻が置かれたカール・テオドール橋を観光した。この後、古城街道のいくつかの町を通り、ローテンブルグに夕方に着いた。ローテンブルグはロマンティック街道の一部にあり、町全体が高い壁に囲まれ、限られた入り口の門を持った典型的なドイツの中世都市の姿をとどめている有名な町である。夕方ではあるが緯度が高いのでまだ明るかったのでマルクト広場にある市参事宴会堂の時計を見た。これは時間になると鐘の音と共に将軍と老市長の人形が現れる仕掛けの時計である。国道からは2重水道橋を通って入っていった。

ハイデルベルグ城

城からハイデルベルグの街を望む

カール・テオドール橋からハイデルベルグ城を望む

ローテンブルクの市参事宴会堂

ホテル

ロェーダー門およびロェーダー塔

7月27日(土) 早朝、ローテンブルグを散策した。街中を通って、ロェーダー門まで行った。人出も少なく、静かで、気温も熱くもなく心地よかった。朝食事後、1311〜1490年頃創建されたゴシック様式の聖ヤコブ教会に行った。この教会の礼拝堂は高さ17mの非常に大きなステンドグラスが美しく、シンプルで厳かな感じのする堂内であった。この後も街中を散策し、ブルク公園およびブルク門を観光した。この後、ロマンチック街道を通り、同じような城壁の町、ディンケルスビュールに向った。そして、城壁の外にあるローテンブルガー池や街中を散策した。さらに、同じような城壁の町、ネルトリンゲンに向った。ここは、バス内からメインストリートを見ながら通過した。そして、麦畑に囲まれた丘の上の古城ハールブルグ城を眺め、更に進んで、ヴィース巡礼教会に着いた。ヴィース巡礼教会は草原の中に建つロココ様式の教会の最高傑作と言われており、外壁は純白で、内部は白壁に黄金とパステルカラーの淡い色調の壁画が施されており、非常に豪華な美しいものであった。この後、ロマンチック街道の終着点のフュッセンのホテルに夕刻着いた。

聖ヤコブ教会内部

ディンケルスビュールの町と右奥と聖ゲオルク教会

ネルトリンゲンの街並みと聖ゲオルク教会

ハールブルグ城

ヴィース巡礼教会

教会内部

7月28日(日) すがすがしい快晴の中、早朝ホテルを出発し、ノイシュバンシュタイン城に向った。途中バス中から悲劇のバイエルン国王ルードビッヒ2世が幼年時代を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城のそばを通り、ルードビッヒ2世が子供の頃から中世騎士伝説に興味を持っており、これを壁画にして飾らせたという丘のうえにあり、別名白鳥の城とも呼ばれる白亜のノイシュヴァンシュタイン城に向った。バスは丘の中腹の駐車場で留る為、後は歩く必要があるが、馬車などにも乗ることが可能であった。我々は歩いて登った。この城は丘の上にあるので、全貌を捉えるには奥の山側に架かっている橋(マリエン橋)の上からしかないため、少し回りこんで、橋の上から眺めた。少し時間が早かったので、裏山の陰が城の下の部分を覆っていたが、徐々に上から日の光が射してきて、ディズニーにでも出てくるおとぎの国のお城のような美しい姿で、感激した。内部は撮影禁止でもあり、写真に残せないのが残念であった。このフュッセンはスイスの国境に近く、この後、スイスのルツエルンに向った。途中、ボーデン湖畔では日光浴を楽しみ多くのヨットでにぎわっていた。途中、ボーデン湖を回り込みスイスに入る途中にリヒテンシュタイン公国の国王の居城ファドゥーツ城の下を通り過ぎた。夕刻、ルツエルンに到着した。

ホーエンシュヴァンガウ城

橋からのノイシュバンシュタイン城

城内からマリエン橋を望む

ノイシュバンシュタイン城の門

帰りの道からの城

ホーエンシュヴァンガウ城

ボーデン湖畔の風景

 

リヒテンシュタイン公国の居城ファドゥーツ城

ライオン記念碑

7月29日(月) 快晴の早朝ルツェルンのホテルの近くを散策した。フランス革命(1792年)の際、ルイ16世を守って殉死した700名近いスイス兵士を称えて造られたライオン記念碑(瀕死のライオン)、1333年に作られた世界で現存する最古の木製の屋根のある橋であるカペル橋を観光した(1993年に火の不始末で消失し、現在は建てかえられている)。朝焼けのフィアヴァルトシュテッテル湖畔は非常に美しかった。朝食後、ユングフラウヨッホに登るためラウンターブルネンまでバスで行き、ここから登山電車に乗った。登山電車からの景色に変化があり、アイガー、メンヒ、ユングフラウなどのアルプスを背景に緑の牧場、牛などの放牧などの場面が次々と変わっていき、本当にすばらしく、何回でも訪れたい気持ちにさせた。クライネ・シャイデックで登山電車をユングフラウヨッホ行きに乗り換えた。ここからアイガーグレッチャーを過ぎると終点のユングフラウヨッホまで40分以上のトンネルのみとなる。ユングフラウヨッホのヨッホ(joch)は山の鞍部の意味で、ユングフラウへの鞍部に当たるところである。ユングフラウヨッホの駅に着きさらにトンネルを10分ほど通り抜けて展望台に到着した。ここからはユングフラウやメンヒの頂上を望むことができた。そして、谷間を埋め尽くすようにアレッチ氷河が横たわっているのを見ることができた。ここから見える空は空色というよりコバルトもしくはウルトタマリンのような濃い青に見えた。余り滞在時間もないので、短時間で引き上げ、再び登山電車に乗り、クライネシャイデックを経て、グリンデルワルトに下って行った。そして、ホテルに向った。登山電車の曲がりくねって進んでいくとき場面が変わるたびに人々の歓声が車内に響いたのがすごく印象に残った。

カペラ橋(ロイス川)

湖とゼー橋の向こう側がカペル橋とピラトス山

ラウターブルネン(796m)

ユングフラウを望む

クライネ・シャイデック(2061m)、左から、アイガー(3970m)、メンヒ(4099m)、ユングフラウ(4156m)

ユングフラウヨッホへのトンネル入り口(アイガーグレッチャー:2320m)

中央の山がユングフラウ

ユングフラフヨッホ(3454m)からのアレッチ氷河

グリンデルワルト(1034m)

ノートルダム寺院

7月30日(火) 飛行機でスイスからパリに正午近くに到着した。午後パリ市内を観光した。あいにく雨が降っていたが、中世ゴシック建築の最高傑作で1163年より250年かけて造られたノートルダム寺院に行った。外観からも威厳を感じる。それから1836年に完成したシャルル・ドゴール広場の凱旋門、1898年の万博を記念して造られた高さ307mのエッフェル塔さらにはコンコルド広場などを観光した。この広場はフランス革命時にはルイ16世、マリー・アントワネットら1343名が処刑された歴史を持ち、今では、エジプトから贈られたオベリスクが中央に建っている。

凱旋門

エッフェル塔

コンコルド広場

ヴェルサイユ宮殿

7月31日(水) 今日も天気ははっきりしないが、ルイ14世が1710年に完成させた贅を尽くしたヴェルサイユ宮殿の観光に出かけた。今日の観光はここのみであった。建物自体も非常に大きく、正面と両サイドと広場を囲むようになっている。そして、その建物の背面には非常に広大な庭園が広がっている。内部は小部屋、大きな部屋、広大な部屋などが非常に多くあり、大きな名画も数多く展示され、豪華な内装、家具、シャンデリアなどで満ちていた。庭園も噴水を中心に美しい広大な幾何学模様をあしらっている。

ヴェルサイユ宮殿内部

宮殿内廊下

庭園

戴冠式の絵画

庭園からの宮殿

8月1日(木) 今日は天気もよくなり、観光日和である。午前中はモンマルトルの丘に行った。モンマルトルの丘は19世紀初頭からユトリロ、ピカソ、ローランサンなどの有名な芸術家が愛し、描いた町である。バスからおり、丘への階段を登りサクレ・クール寺院の前を通り、サン・ピエール教会の前を通り、テアトル広場の周辺を散策した。サクレ・クール寺院はロマネスク・ビザンチン様式のきれいなドーム状の屋根を持つ20世紀初頭に完成した寺院で外部からだけの観光だが、外観が非常に美しい寺院であった。また、寺院の前からはパリが非常に良く眺められた。また、テアトル公園では多くの絵画を売る露天が出ており、人でにぎわっていた。この公園付近の各路地にも多くの店が並び、ユトリロが描いた通りも散策できた。

午後は夕方までフリータイムである。添乗員の提案で、もし、希望者がいればその人たちには添乗員がついてルーブル美術館までは案内して、それ以後は勝手にホテルに帰るようと言うことであった。そこで、我々はルーブル美術館に行くことにした。はじめて、添乗員に従ってモンマルトルからルーブル美術館近くの駅まで地下鉄を利用して行った。ルーブル美術館は非常に広大なため足早に多くの作品の前を通り過ぎた。館内は非常に多くの人でにぎわっていた。特に、モナ・リザの前は非常な人だかりで、近寄るのも困難であった。ルーブル美術館を観光後、何人かの同じグループの人たちとモンパルナスのホテルのある場所まで歩いて帰った。

夕刻からパリ最後の夜を楽しますセーヌ川での船上ディナーに出かけた。船がセーヌ川を遊覧する中でのディナーパーティーであるが、飲食に集中していたので船外の遊覧はできなかった。また、船上ディナーでは少し飲みすぎたためバスでホテルまで帰るのに私を含めて何人かがエッフェル塔近くのビルのトイレに駆け込んだ。この時、照明の明るいエッフェル塔とメリーゴーランドが美しく目に残った。

モンマルトルの丘への階段

サクレ・クール寺院

 

テアトル広場

ルーブル美術館

館内

モナリザ

ミロのビーナス

8月2日(金) フランスから成田に向け出発し、8月3日(土)の朝に成田に到着し、大阪に帰った。旅行中、気にかけていたが、幸いにも成田に着いて、腎臓が少し痛み出し、不安であったが、4日(日)無事、医者にも行かずに腎臓結石を体外放出できた。初の海外旅行がとにかく無事で楽しく過ごせたことは本当によかった。

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